2016年5月20日金曜日

トポス(182) ヒュン、シロエの罠にはまる。

(182)
 町にシロエという名の娘がいた。父親は著名な法律家で、ネロエを糾弾する論文を発表しようとしたところを同僚に密告されて逮捕され、強制収容所へ送られていた。家には取調官が踏み込んできて、証拠を求めて家具を壊し、寝台を切り裂き、床板を剥がした。取調官はシロエの日記と下着まで押収した。母親にすら見せたことのない日記だった。特別な夜のために用意していた下着だった。シロエは逃げ出し、ミュンの革命派に身を投げた。ミュンの革命が失敗に終わり、逃げ場を失って逮捕されるとシロエは政府に協力した。仲間の名前と居場所を告げ、暗号の解読方法を説明し、武装した取調官の一団を秘密の入り口に案内した。逮捕された反逆者たちの取り調べにも積極的に参加して、新たな尋問方法を提案した。間もなく秘密警察の一員になり、国家の敵である父親に絶縁状を送りつけた。有能さをネロエに認められてクロエの後任に抜擢されると、組織に徹底的な成果主義を導入して取調官にノルマの達成を要求した。また政府の指導力が問われていると主張して、責任者の処断をネロエに提案した。ネロエはシロエの意見に賛成した。
 シロエが提案してネロエが承認を与えていたころ、ヒュンは赤い羽根飾りがついた帽子をかぶって、腰に剣を吊るして町の広場をぶらついていた。廃墟の中で営業を再開したばかりの酒場にもぐり込んで友達を作り、友達のおごりで酒を飲み、酔っ払うとテーブルの上に立って剣を抜いた。
「俺は運命を受け入れている。俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」
 そこへ武装した警官隊が突入した。率いていたのはシロエだった。シロエはヒュンの鼻先に逮捕状を突きつけた。
「逮捕します」
 ヒュンは酔っ払いの目でシロエをにらんだ。
「なんだって?」
 警官が棍棒でヒュンの頭を殴りつけた。ヒュンはその場に昏倒した。

Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.