2016年4月22日金曜日

トポス(163) ヒュン、狙われる。

(163)
 町にシロエという名の娘がいた。父親は著名な法律家で、ネロエを糾弾する論文を発表しようとしたところを同僚に密告されて逮捕され、強制収容所へ送られていた。家には取調官が踏み込んできて、証拠を求めて家具を壊し、寝台を切り裂き、床板を剥がした。取調官はシロエの日記と下着まで押収した。母親にすら見せたことのない日記だった。特別な夜のために用意していた下着だった。シロエは逃げ出し、ミュンの革命派に身を投げた。国外にある秘密の訓練施設で訓練を受け、帰国すると工作員として活動した。工場に潜入して不平分子を組織化し、学生たちのグループに接近して地下組織に引き入れた。軍人、政府要職者の暗殺に関わり、ときには自ら手を下した。ヒュンを利用するというアイデアはシロエが思いついたものだった。
「だが」とミュンはシロエに言った。「ヒュンは一種の怪物だ。かつて、わたしと理念をともにして、わたしとともに働きながら、邪悪な黒い力の誘いに乗ってわたしを裏切ったギュンという名の男がいる。ギュンは恐るべき男だった。天才だったと言ってもいいだろう。そしてヒュンこそが、ギュンが手ずから作り出した最強最悪の怪物なのだ。我々の手の内にあるあいだは、ヒュンはおそらく役に立つ。しかし怪物の本性を現わしたら、速やかに始末する必要がある。一種の躊躇もあってはならない。常に監視し、そのときが来たら速やかに始末するのだ」
 そのときが来た、とシロエは思った。スコープに目を当てたまま、指を狙撃銃の引き金にかけた。ヒュンが動きを止める一瞬を待って、引き金をゆっくり引き絞った。

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