2016年4月20日水曜日

トポス(161) はっきり見た、と女は言う。

(161)
 オークの軍団の背後にロボットの軍団が現われた。革命派武装勢力の背後にもロボットの軍団が現われた。逃げ惑う市民の前にもロボットの軍団が現われた。ロボットの兵士たちは市民もオークも革命派も見境なしにブラスターで焼き払った。砲兵隊はロボットの攻撃を受けて全滅した。飛行場は携帯用光子魚雷の直撃を受けて消滅し、軍は航空兵力を失った。参謀たちは額に浮いた汗をぬぐった。国民に決起を訴えていた鉄縁メガネの青年はマイクを握ったまま炭になった。
 くくくくく、とロボットが笑った。
 同じ頃、ピュンは場末のホテルで聞き込みをしていた。そのホテルの一室で、一人の娼婦が殺されていた。殺された娼婦の悲鳴とともに、くくくくく、と笑う声を聞いた者がいた。冷笑的で、虚無的で、絶望の淵を這い上がるような声だった、と声を聞いた者は口をそろえた。ピュンは聞き込みを続けて、犯人を見たという女を見つけ出した。その女は事件が起きた部屋の隣に住んでいた。悲鳴を聞いてドアに駆け寄り、鍵穴から外を覗くと隣の部屋から出ていく男が見えた。見えたのは下半身だけだった、と女は言った。でも、はっきり見た、と女は言った。暗緑色の地に青い線が入ったズボンと膝下まである乗馬ブーツだった、と女は言った。あれは野戦軍法会議の取調官の制服だ、と女は言った。取り調べを受けたことがあるので間違いない、と女は言った。ピュンは事件の現場になった部屋を調べて、警察が見落とした手がかりを見つけた。クロゼットの引き出しに革の紙入れが残されていた。紙入れには古びた家族写真が詰まっていた。所長が与えた擬似記憶だ、とピュンは思った。これがないとアンドロイドは心の均衡を維持できない。心の均衡を投げ捨てたアンドロイドがこの近くにひそんでいる、とピュンは思った。

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