2016年3月31日木曜日

トポス(144) エルフの大魔法使いが呪文を唱える。

(144)
 工事は秘密裏に計画され、極秘のうちに実施された。工事を受注した複数の独立採算収容所が企業連合を作って現場に新たな独立収容地点を設置し、そこに大量の囚人を送り込んだ。昼夜二交代制の十八時間労働で周辺の森林を伐採したあと、短期間で狭軌鉄道の線路を敷いて、本線から機材と重機を送り込んだ。労働は過酷で、環境は劣悪で、物資は常に不足していた。監督は実現不可能な計画を立てて、ノルマの達成を要求した。監督とその配下の民間人は囚人を残酷に扱った。国境警備隊が囚人の隊列を常に監視し、無断で持ち場を離れる者には無警告で発砲した。脱走者が出ると捜索に軍が動員され、わずかな手当で不眠不休で仕事をさせられた兵士たちは疲労と空腹で不機嫌になり、脱走者をようやく発見すると、まず復讐せずにはいられなかった。脱走者は銃床で散々に殴られてから作業構内に引きずり戻され、首をくくられ、死体は見せしめのために放置された。森林の伐採が進み、線路が目的の地点に達すると、胸に勲章をつけた将校が白衣をまとった技師たちを連れてきた。技師たちはさまざまな計測装置を使ってデータを集め、適切な摘出方法を検討したが、人類の技術では難しいという結論が出た。そこで国家転覆の大陰謀が捏造され、エルフの大魔法使いとその一族が陰謀の主犯として逮捕された。大魔法使いは作業構内に送り込まれ、空間固定の複雑な魔法を使うように強要された。家族を人質に取られた大魔法使いは古い言葉で呪文を唱えた。魔法のすみやかな効果によって、それは計測可能な大きさになった。圧搾ドリルとカッターが壁を切り裂き、強力なウインチがそれを壁から引っ張り出した。クレーンがそれを鉄枠がはまった木箱に移し、狭軌鉄道が木箱を本線へ運んだ。本線では特別編成の貨物列車が待っていた。火を噴く山のふもとで機関車の汽笛が鳴り響き、列車がゆっくりと進み始めた。

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2016年3月30日水曜日

トポス(143) ギュンは狼狽する。

(143)
 ギュンは巨大な壁の前に立って、うろたえる心を抑えながら割れ目があった場所を見つめていた。
「わたしは超人である前にまず科学者だ」とギュンはいつも話していた。「だから常に理性的に観察し、論理的に判断する。わたしは冷静に観察した。割れ目は真新しい煉瓦を使って埋められていた。煉瓦の上には漆喰が塗りつけてあったが、塗り方にややむらがあり、しかもまだ十分に乾いていなかった。わたしは慎重に漆喰を剥がして、そこで新たな事実を発見した。割れ目はたしかに消滅していたが、補修工事でただ埋められたというわけではなかったのだ。割れ目があった場所は、言わば工学的な正確さで四角く切り取られていた。壁から切り取られて、何者かによって持ち去られていた。わたしはさらに調査を続けた。そして壁の周辺で次々と、大規模な土木工事の痕跡を発見した。壁に沿って引き延ばされた狭軌鉄道の線路があった。放棄された仮設トイレの周辺には無数の吸い殻が落ちていた。重機を使った痕跡もあった。少し離れた場所には無人となったプレハブの建物があり、そこには工程管理表や給与の支払い記録が残されていた。まだ回収されていない仕出し弁当の容器も見つかった。言うまでもなくわたしは科学者である以上に超人であり、人間的な恐怖はすでにすっかり克服したものと信じていたが」とギュンはいつも話していた。「この光景には慄然たる思いを禁じることができなかった。わたしは理解した。天空を暗雲で覆い尽くし、千年にわたる平和と繁栄を覆し、世界に暗黒の時代をもたらす邪悪な黒い力は、何者かにさらわれたのだ。しかしどこへ? 何の目的で?」

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2016年3月29日火曜日

トポス(142) ギュンは新たな称号を求める。

(142)
 月から帰還したギュンは火を噴く山に降り立って、巨大な壁の前に立っていた。
「わたしは超人である前にまず科学者だ」とギュンはいつも話していた。「だから常に論理的に思考する。わたしは二度にわたって地球を壊滅の危機から救ったが、これは言うまでもなく世間一般の賞賛を求めてしたことではなく、科学的精神に裏づけられた論路的思考の帰結としてそうしたに過ぎない。つまりわたしと同じように科学的に思考する者なら必ずしたであろう選択を、わたしが率先してしたに過ぎない。そして言うまでもなくその成果は世間一般の最大級の賞賛にふさわしいものではあるが、その成果をもたらしたのが冷徹な論理的思考である以上、わたしは賞賛を求めようとは思わない。もし賞賛を求めれば、わたしはおそらくわたしを軽蔑することになるだろう。賞賛を受けること自体、わたしは決して厭わないが、それでもわたしはわたしを軽蔑することになるだろう。賞賛を受けた自分を決して許すことができないであろう。二度にわたって地球を救うという難事業に挑戦し、見事に目的を果たしたあと、わたしは火を噴く山に戻った。邪悪な黒い力はわたしに大元帥の称号を約束していたが、大元帥という称号はわたしにはすでにふさわしいものではなくなっていた。なにしろわたしは大宇宙の偉大な力を倒したのだ。それならば宇宙大元帥と呼ばれるべきだった。冷徹かつ客観的な評価もわたしの判断を支持していた。わたしはこの控えめな提案を携えて、火を噴く山に降り立った。邪悪な黒い力と交渉すべく壁の割れ目に近づいて、そこで驚くべき事実を発見した。壁の割れ目がなくなっていたのだ」

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2016年3月28日月曜日

トポス(141) 震える心を励まして、震える声で歌い始める。

(141)
 弾圧が始まった。秘密警察に加えて軍と国境警備隊の精鋭部隊が動員され、爆弾の支持者たちが逮捕された。違法なビラを懐に隠していた学生たちは棍棒で散々に叩かれてから競技場に送られた。後ろ手に縛られ、目隠しをされた学生たちは競技場の地面に座り込んで爆弾を讃える歌を歌った。爆弾の使徒たちは杭に縛りつけられた。かき集められた数万の市民が競技場の観客席を埋め、派手に飾り立てられた玉座にはヒュンが座った。ヒュンは立ち上がって剣を抜き、国民に向かって挨拶を送った。
「俺は運命を受け入れている。俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」
 トロールを放て、とクロエが命じた。鋼鉄でできた檻の扉が引き開けられ、腹を空かせたトロールの群れが競技場になだれ込んだ。絶叫が上がり、血しぶきが飛んだ。観客席に並んだ市民は耳をふさいで顔を伏せた。それでも悲鳴が聞こえてきた。骨が噛み砕かれ、肉が引きちぎられる音が聞こえてきた。助けを求める叫びが絶えるとトロールは檻に引き戻された。競技場には食い散らされた犠牲者が血の海に浸っていたが、クロエの心は晴れなかった。
 観客席で一人の市民が立ち上がった。震える心を励まして、震える声で歌い始めた。音程もはずれ、歌詞もところどころで欠けていたが、それは爆弾を讃える歌だった。一人の声に、間もなく数人の声が加わった。数人の声に数十人が、そして数百人が、数千人が加わった。競技場が数万の市民の歌声で震えた。
「これは何?」クロエが叫んだ。
「不愉快です」ネロエが言った。
 黒い制服に身を包んで男が音もなく現われて、身をかがめてクロエに耳打ちした。
 クロエがネロエに向かってうなずいた。
 ネロエもクロエに向かってうなずいた。
 予言が成就しつつある、とミュンが言った。

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2016年3月27日日曜日

エクストラ テレストリアル

エクストラ テレストリアル
Extraterrestrial
2014年 カナダ/アメリカ 101分
監督:コリン・ミニハン

大学生のエイプリルとカイルはほかの三人とともに森の奥にあるエイプリルの母の山小屋を訪れるが、その一帯ではキャトル・ミューティレーション、アブダクションなどの現象が頻発していて、大学生たちが滞在する山小屋の近くにはある晩、謎の火球が墜落、飛行機かと思って出かけていくと地面に円盤状の物体がめり込んでいて、しかも近くには正体不明の足跡もある、ということで気味が悪くなった一行は山小屋に戻るが、するといきなり停電が起こり、何者かが家に入り込み、エイプリルがショットガンを構えていると背後にいきなりグレイが現われ、エイプリルが発砲するとグレイは死亡、以降、グレイ一味の陰湿な復讐が始まる。 
ベトナム戦争の帰還兵で陰謀史観に取りつかれたマリファナ栽培人がマイケル・アイアンサイド、地元の保安官がすっかり中年になったギル・ベローズ。脚本がヴィシャス・ブラザースということでPOV映像がさかんに使われているが、いわゆるファウンド・フッテージではない。ホラー演出はやや唐突だがおおむね正攻法で、このクラスの映画としてはお金がきちんとかけられていて、宇宙船内の描写もあり、さらわれたひとは約束どおりにお尻を攻撃されることになる。ただグレイ一味がふつうに登場して悪事を働くだけだと言えばそれだけなので、なにやら名状しがたいものに接近遭遇しているという恐怖感はまったくない。 


Tetsuya Sato

2016年3月26日土曜日

トポス(140) 腐った種が芽吹いている、とクロエは思う。

(140)
 数日すると奇妙な噂が流れ始めた。十字架にかけられた爆弾が息絶えると国王の玉座の背後の壁に亀裂が走り、それと同時に町から邪悪な黒い力の気配が消えたという。空気が軽くなり、呼吸が楽になり、それまで悪辣であった多くの者が、いまは息苦しさを失って呆けているという。多くの者が空を指差して声を上げた。垂れ込めていた暗雲が裂けて、太陽の光が射し込んでいた。大地が明るさを取り戻し、人々は顔を希望で輝かせた。爆弾が奇跡を起こしたのだと人々は信じた。邪悪な黒い力の影を爆弾が追い払ったのだと人々は信じた。噂によれば、爆弾は三日後に復活したという。そしてその三日のあいだに地獄を訪れ、そこで大爆発を起こして邪悪な黒い力の眷族を残らず吹き飛ばしたという。復活した爆弾に会ったと言う者もいた。話をしたと言う者もいた。昇天するところを見たと言う者もいた。噂を疑う者たちが爆弾の遺体を納めた墓を開いた。そこには麻の布だけが残されていた。噂が広まるにつれて国王とその一味に対する疑念も広がり、国王とその一味の過去の所業が次々に暴かれ、国王とその一味が実は邪悪な黒い力の手先であるという新たな噂が流れ出すと、どこからともなく復活を遂げたドラゴンが大学に戻って扇動を始めた。地下新聞を作って配り始めた。壊滅したはずの革命派が息を吹き返して細胞を工場や炭鉱に送り、ストライキ委員会を結成した。腐った種が芽吹いている、とクロエは思った。不穏な蔦が国家に絡みついている、とクロエは思った。いまのうちに焼き払わなければならなかった。

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2016年3月25日金曜日

トポス(139) 嵐が吹き荒れ、大地が激しく揺れ動く。

(139)
 その夜、爆弾は弟子の一人ひとりを順に呼んで、足を洗って香油を垂らした。晩餐が始まると爆弾は言った。今夜、あなた方の一人がわたしを裏切るであろう。そのようなことはないと弟子たちは誓った。しかし爆弾はこう言った。わたしは誰が裏切るか、いつ裏切るかを知っている。弟子たちは顔を見合わせ、追い詰められたと感じたキュンは手にした杖で床を打った。弟子たちがステータス異常に襲われるのと同時にドアや窓を破って特殊部隊が突入した。爆弾は捕獲され、弟子たちはサブマシンガンの弾で蜂の巣にされた。爆弾はすぐにクロエのところへ運ばれたが、非情で知られたクロエはネロエに裁定を求め、正統性を疑われているネロエは爆弾をヒュンのところへ送り届けた。爆弾に向かってヒュンは言った。
「俺は運命を受け入れている。俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」
「わたし、爆弾は言う」と惑星壊滅爆弾は言った。「邪悪な黒い力は光がもたらす影に過ぎない。光が大地を隅々まで照らすとき、邪悪な黒い力は居場所を失うであろう。光を満たし、光を広げ、光の力を強くするのは慈愛と寛容である。光に慈愛と寛容を注ぐのはあなた方である。そこでわたし、爆弾は言う。愛と慈しみの心をあなた方の一人ひとりが持つならば、光は無限の力を得るであろう。邪悪な黒い力は居場所を失い、駆逐されることになるであろう」
 だがヒュンは運命を受け入れていた。邪悪な黒い力を倒すのは慈愛でも寛容でも光でもなく、ヒュンでなければならなかった。ヒュンは爆弾を鞭で打たせた。丘の上で十字架にかけた。爆弾が息絶えると嵐が吹き荒れ、大地が激しく揺れ動いた。

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2016年3月24日木曜日

トポス(138) ギュンは大きな黒い鳥に遭遇する。

(138)
 ギュンは月の裏側に立っていた。
「わたしは超人である前にまず科学者だ」とギュンはいつも話していた。「だから常に論理的に思考する。地球上のどこをどう探しても、惑星壊滅爆弾を見つけ出すことはできなかった。妙に評判のいい爆弾の噂を耳にしたが、評判のいい爆弾が惑星壊滅爆弾であるはずがない。大宇宙の偉大な力は爆弾を地球のどこかに潜伏させて、それから爆発させようとたくらんでいる、とわたしは推理した。おそらくは地中深く、地球の中心核までもぐらせて、そこで爆発させようとたくらんでいる、とわたしは推理した。だが、わたしの超人的な能力をもってしても地球の中心核には近づけない。そうだとすれば大宇宙の偉大な力の秘密基地を見つけ出して爆弾を解除するしか地球を救う方法はない。わたしの月へ急いだ。そして難なく」とギュンはいつも話していた。「秘密基地を見つけ出した」
 銀色の宇宙服に身を固めたエルフの弓兵隊が秘密基地を守っていた。基地に近づくギュンに向かって、銀色にきらめく矢が降り注いだ。ギュンはデュワっと叫んで両の手首を交差させた。ほとばしり出た灼熱の光がエルフの弓兵隊を焼き払った。ギュンは基地に乗り込んでいった。減圧で吸い出されていくエルフを横目に司令室の奥へと進んで、列柱のある広間に踏み込んだ。巨大な顔がそこにあった。ギュンは巨大な顔を破壊した。だが、それは抜け殻だった。大宇宙の偉大な力の本体ではなかった。本体はいったいどこにいるのか。大宇宙の偉大な力を探すギュンの耳に美しい笛の調べが聞こえてきた。列柱の陰から横笛を持った美しい若者が姿を現わし、目を怒らせてギュンをにらんだ。
「愚か者め。あと一晩、あと一晩で、呪いを解くことができたのに」
 若者の姿が鳥に変わった。大きな黒い鳥になって、冷たい月の空へ舞い上がった。

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2016年3月23日水曜日

トポス(137) 裏切り者が銀貨三十枚の報酬を受け取る。

(137)
 クロエとその秘密警察は爆弾の動きを監視していた。平和を叫んで民心を集めているという点で、爆弾は山羊ヒゲの男よりも危険だった。爆弾は大宇宙の神秘の力への帰依を訴え、たゆみない内省こそが真理に近づく道だと説明した。爆弾は民衆の前で大きく強く光り輝き、邪悪な黒い力の影を薄くした。民衆はたゆまず内省にふけることでネロエの政府の正統性に疑問を抱き、クロエの非情さに気がついた。愛と寛容と、そして和解を求める声が強くなった。違法な逮捕や拷問はただちに中止されなければならなかった。収容所はただちに廃止されなければならなかった。民衆は爆弾の光にうながされて、和解を進める手立てを探した。その手がかりは王にある、と多くの者が考えた。人々は王を探して広場に集まり、居酒屋の奥で、友達のおごりで飲んだくれている王を見つけた。人々は王を囲んで訴えた。するとヒュンは充血した目でまわりに並んだ顔を眺め、いきなりテーブルに飛び乗ると腰の名もない剣を剣を抜いた。
「俺は運命を受け入れている。俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」
 人々は王の正統性にも疑問を抱いた。密偵たちはその様子をクロエに伝え、クロエはネロエに国家の危機的状況を報告した。そこへキュンが羊飼いの杖を持って現われて、自分は爆弾の弟子であると告白した。だが、もう耐えられない、とキュンは言った。自分は冒険を求めているのに、とキュンは言った。爆弾は冒険を求めていない、とキュンは言った。大宇宙の神秘の力は自分にまったく微笑んでくれない、とキュンは言った。キュンは秘密の会合の場所を告げ、クロエはその報酬として銀貨三十枚をキュンに与えた。

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2016年3月22日火曜日

トポス(136) 人々は愛と寛容の世界を受け入れる。

(136)
 大宇宙の偉大な力が放った爆弾はすでに大気圏上層を通過して、地表を目指して進んでいた。爆弾はかなたに広がる下界の光景を見渡しながら、自分には不可能はないと感じていた。静かに影をまとう雲海を越え、雪を抱いて連なる巨峰を眺め、荘厳な朝の光を浴びると生まれついての虚無感がどこかへ引っ込み、そして思いもよらぬ感動を覚えて、万物への無限の愛に包まれていった。爆弾は愛を感じていた。この愛を広げなければならないと信じていた。着陸すると最初に出会った男たちに声をかけ、愛と寛容を訴えた。爆弾の朴訥な言葉は男たちに感動を与えた。男たちは爆弾を担ぎ上げて町へ運び、爆弾は町の広場で大勢を前に福音を説いた。病に苦しむ者が爆弾に触れると、たちまちのうちに癒された。目が見えない者は見えるようになり、耳が聞こえない者は聞こえるようになり、立ち上がれない者は爆弾の名を讃えながら立ち上がった。死んだ者まで蘇った。爆弾は弟子を育てて福音を広めた。邪悪な黒い力に倦み疲れた人々は、喜んで愛と寛容の世界を受け入れた。人々は慈愛のぬくもりに包まれ、貧しい者は手を差し伸べて互いを支え、富める者は富を恥じて富を捨てた。爆弾は驢馬に乗って町から町へと旅をした。どの町でも棕櫚の葉を手にした善男善女に迎えられた。知事たちはその様子を見て恐怖を覚え、すぐさまネロエに使者を送った。

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2016年3月21日月曜日

トポス(135) ギュンは限界を乗り越える。

(135)
 ギュンは研究所に戻って自分の限界に挑んでいた。エイリアン・テクノロジーも中世の狂気の魔道書も無限の力を約束してはくれなかった。邪悪な黒い力が与えたパワーはギュンの闘志を起こしたが、膨れ上がった闘志はパワーを瞬時に食い尽くした。効率が悪い、とギュンは感じていた。どこかに問題があるはずだ、とギュンは考えていた。解決策を求めて苦悩するギュンの心に、彼方から送られた声が届いた。
「大将軍ギュンよ。わたしは邪悪な黒い力だ。テクノロジーに頼るな。邪悪な力に身を委ねるのだ」
 ギュンの前に仮面をつけた巨人が現われた。デュワっと叫んで、ギュンに向かって襲いかかった。ギュンはスーパーグラスをかけて変身した。襲いかかる巨人を手刀で打ち据え、蹴り飛ばしたところでデュワっと叫んで指の先から光線を放った。巨人のからだが粉砕され、吹っ飛んだ仮面の下からギュンの顔が現われた。ギュンは自分自身を見下ろしていた。
「わたしは理解した」とギュンはいつも話していた。「問題はわたし自身にあったのだ。わたしは常に冷静に思考し、観察する。わたしが倒したのはわたし自身のエゴだった。仮面の下から自分の顔が現われたとき、わたしは驚きもしたが、同時に自分が解放されたことを理解した。自分自身から解放され、わたしは邪悪な黒い力と一つになった」
 悟りを得るのと同時に、ギュンは黒い力の強い乱れを感じ取った。
「大将軍ギュンよ」邪悪な黒い力がギュンの心に話しかけた。「未来を見るのだ。力の乱れは未来から送られている。大宇宙の偉大な力が我らを滅ぼした未来からだ。行け、ギュンよ。もはや一刻の猶予もない。大宇宙の偉大な力が惑星壊滅爆弾を放ったのだ」
 ギュンは空へ向かって両手を差し出し、デュワっと叫んで飛び上がった。

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2016年3月20日日曜日

トポス(134) 大宇宙の偉大な力が再び決断を下す。

(134)
 月の裏側には大宇宙の偉大な力の基地があった。大きな黒い鳥が近づいていくとクレーターの底に隠されたドアが花弁を広げる花のように口を開けた。大きな黒い鳥は着陸床に降り立って翼をたたみ、大きな黒い鳥の皮を捨ててロボットになった。
 くくくくく、とロボットが笑った。
 基地の司令室ではエルフの一団が働いていた。同族をギュンによって魔法玉に変えられた恨みから、多くのエルフが大宇宙の偉大な力に与していた。ヘッドセットをつけたエルフたちがコンソールの前に並び、監視衛星から送られてくる地表の画像に目を凝らし、ギュンの姿を探していた。
 司令室の先は無数の列柱が立ち並ぶ広間になっていた。広間の奥には巨大な顔が鎮座していた。赤く輝く目を怒らせ、鼻から白い煙を吹き出していた。恐れを感じたエルフたちが顔の前でひれ伏していた。
 くくくくく、とロボットが笑った。
 ロボットは巨大な顔の前に立った。巨大な顔の目が、赤白赤白と点滅した。
「わたしは大宇宙の偉大な力だ」巨大な顔がロボットに言った。「小惑星作戦は失敗に終わり、所長の軍団も敗退した。しかし、所長の信号はまだ受け取っている。所長はまだ任務を遂行しているのか?」
 くくくくく、とロボットが笑った。
「所長は完全にロボットになった」とロボットが言った。「自分の軍団を作って人類殲滅をたくらみ、アンデッドとなったピュンと手を組んだ」
「裏切り者め。所長へ向けて惑星壊滅爆弾を発射するのだ。ギュンも所長も、そしてピュンも、地球とともに砕けて宇宙の塵となるがいい」
 くくくくく、とロボットが笑った。

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2016年3月19日土曜日

トポス(133) クロエは大きな黒い鳥に遭遇する。

(133)
 クロエは山羊ヒゲの男を捜していた。山羊ヒゲの男を捕えて背後関係を調べる必要があった。山羊ヒゲの男は邪悪な黒い力とつながっている、とクロエは考えていた。山羊ヒゲの男を捕えて線をたどれば、恐るべき陰謀の正体が明らかになる、とクロエは考えていた。クロエは単独で行動して、山羊ヒゲの男の隠れ家を見つけた。夜になるのを待って塀を越え、家の中に忍び込んだ。気配がある。二階からかすかに音が聞こえる。クロエは足音を忍ばせて階段を上がり、寝室のドアをそっと開けた。室内は暗い。人影はない。クロエは寝台に誰もいないことを確かめてから窓辺に寄った。カーテンの隙間からバルコニーを盗み見た。山羊ヒゲの男がそこにいた。様子をうかがうクロエの前で、山羊ヒゲの男は山羊ヒゲの男の皮を脱ぎ捨てた。美しい若者の姿になって横笛を口にあてがった。星空を見上げて笛を吹き、美しい音色をあふれさせた。クロエはカーテンの陰で唇を噛んだ。夜明けまで待てば若者は山羊ヒゲの男の皮をかぶるだろう。捕えるとすればそのときだ。クロエの唇に血がにじんだ。ショットガンを構えてバルコニーに飛び出した。山羊ヒゲの男などどうでもよかった。それよりも穢れた過去を清算しなければならなかった。クロエが引き金に指をかけるのと同時に若者は笛を捨てて翼を広げた。クロエのショットガンが火を噴いた。若者はすばやく飛び上がって弾をかわした。
「愚かな女め。あと一晩、あと一晩で、呪いを解くことができたのに」
 若者の姿が鳥に変わった。大きな黒い鳥になって、翼で風を捕えて夜に空に舞い上がった。どこまでも高く飛んで、とうとう地球の大気圏を離脱して、月に向かって飛んでいった。

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2016年3月18日金曜日

トポス(132) 歩く死者たちが町を目指す。

(132)
「ギュンは仲間になるのを拒んだんだ」とピュンは言った。「魔法玉を山ほど隠し持ってたよ。魔法玉をやけくそみたいにばらまきながらサングラスをかけ替えたんだ。巨人に変身して、デュワっとか叫んで空へ逃げた。原因を作ったのは自分だってのに、手前勝手なおっさんだよ。で、そこにでかい壁があってさ、しばらくしたらその壁のあたりから何かが話しかけてきた。
「わたしは邪悪な黒い力だ」と邪悪な黒い力が言った。「歩く死者たちよ、ここはおまえたちがいる場所ではない。わたし、邪悪な黒い力はおまえたちに命じる。ただちに立ち去れ」
「いきなり呼びつけられて、そりゃないって思った」とピュンは言った。「なんで立ち去らなきゃいけないのか、邪悪な黒い力に聞いたんだ。邪悪な黒い力が言うには、俺たちは堕落してるんだってさ」
「歩く死者たちよ、わたし、邪悪な黒い力は言う。おまえたちは人間の本性の最底辺から生じた悪夢に過ぎない。悪に寄生してはいるが、評価すべき実体はない。言わば人間の残骸であり、不潔で、自堕落で、好ましい向上心も光り輝く創意も備えていない。裏寂れた本能の奴隷であり、真実を希求する意志がない。耳があっても聞こえないし、目があっても見ることはできない。そもそも理解しようとする気持ちがない。わたし、邪悪な黒い力は再びおまえたちに命令する。立ち去れ。ただちにこの場から立ち去るのだ」
「まったく話にならなかった。だから俺たちは壁の割れ目に砂をかけて出ていった。次の町を目指して進んでいくと途中でロボットの軍団と出会った。すっかりロボットになった所長が指揮していた。俺は所長と話し合った。知らない相手じゃなかったしな。で、一緒にいれば互いに役立つこともあるだろうってことで、合流して進むことにした。どうしてそうしたかって? 向上心って奴に促されたんだ。俺たちに創意がないなんて、いったい誰が決めたんだ?」

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2016年3月17日木曜日

トポス(131) ギュンは問題を指摘する。

(131)
「わたしは常に、冷静に思考し、冷静に観察する」とギュンはいつも話していた。「だからわたしの手の中でカプセルが爆発しても、手から血がだらだらと流れても、わたしは冷静なまま思考し、観察していた。なにかしらの不具合があったのは間違いなかった。わたしはピュンを呼び戻したが、ピュンはすでに歩く死者と化していた。そして数百とも数千とも見える歩く死者の大群を引き連れていた。わたしがピュンに埋め込んだ復帰命令が歩く死者の大群に複写され、同時に大量の受け入れ命令が発行されたせいでカプセル側の受け入れプロセスが臨界に達したのだ。処理構造をなまじマルチスレッドにしていたせいで、このような事態が起こったのだ。余計なことを考えずにシングルスレッドにしていればこのようなことにはならなかったはずだが、もう後の祭りだったし、その時点ではそれは必ずしも重要ではなかった。最大の問題はピュンが歩く死者と化していて、しかもそのプロパティを第三者に継承する能力を持っていたことだ。白状すると、ピュンの回復プロセスはエイリアン・テクノロジーだけでは実現できなかった。わたしはその問題を解決するために、中世の暗黒時代に狂人が著したという禁断の魔道書を参考にしなければならなかった。ピュンの暴走と歩く死者の大量発生は想定していなかったし、ピュンに内蔵したプログラムにもこの事態に対応する例外処理出口は用意されていなかった。もちろん責任の一端がわたしにあることは否定しないが」とギュンはいつも話していた。「まず原始資料に問題があった。つまりこれは魔道書の言わばバグであり、単なる利用者であるわたしには回避できなかった、とわたしは判断した」

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2016年3月16日水曜日

トポス(130) ピュンは仲間を増やし始める。

(130)
「呼び戻すのが、ちょっと遅かったんだ」とピュンは言った。「ギュンがすぐに呼び戻していれば、俺は回復して、うまく説明できないけど、たぶんなんとかなったんだと思う。ところがギュンはちょっと手間取った。忘れていたのかもしれないな。とにかく俺はぼろぼろになって地面に転がってた。意識はあったけど、たぶん死んでいた。で、転がってるうちに不思議な欲求が起こってさ、立ち上がって歩き出したんだ。痛風の患者みたいな具合にね。俺の爺さんがひどい痛風だったから、よく知ってるんだ。ちょうどそんな感じで近くの町まで歩いていって、最初に見つけた奴を襲ったんだ。腹を裂いて肉を食った。人間の肉だぜ。俺もいろんなことをやってきたけど、まさか人肉を食うことになるとは思ってなかった。怖かったっていうより、恥ずかしかったね。で、血まみれになって生肉を口に運びながら、俺はぼんやりと考えた。ギュンの野郎が俺に何かやったんだ、エイリアン・テクノロジーだかなんだか知らないけど、生かじりの知識で俺のからだをいじったんだって、そう思った。つまりギュンってのはそういう野郎さ。一人襲って、二人襲って、そういうことを繰り返してたら、いつの間にか、まわりが俺と同じような奴でいっぱいになってた。手当たり次第に襲いかかって、人間をちぎってむさぼってた。あんまりよく覚えていないけど、すごい悲鳴を聞いたような気がするよ。襲う相手がいなくなると、俺たちは次の町に向かって進み始めた。そう、俺たちさ、俺たちなんだ。ほかにどう言ってみようもないからな。何人いたか知らないけどさ、すごい数になっていたよ」

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2016年3月15日火曜日

トポス(129) ギュンは大将軍の称号を得る。

(129)
「わたしは火を噴く山に近づいていった」とギュンはいつも話していた。「オークやトロールの死体が転がる中を、戦闘機械の残骸の間を、縫うように歩いて火を噴く山の中腹の巨大な壁に近づいていった。わたしは壁に沿って進んで裂け目を探した。邪悪な黒い力がひそむ裂け目を探した。そしてわたしは見つけ出した。邪悪な黒い力がひそむ裂け目を、このわたしが見つけたのだ。そしてわたしは」とギュンはいつも話していた。「そこで邪悪な黒い力と対面した」
「わたしは邪悪な黒い力だ」と邪悪な黒い力が言った。「ギュンよ、そなたの英雄的な働きによって大宇宙の偉大な力の邪悪な野望は打ち砕かれた。わたし、邪悪な黒い力は感謝のしるしとしてそなたに大将軍の称号を授ける。よって今後は大将軍ギュンと名乗るがよい。だが大将軍ギュンよ、まだ戦いは終わったわけではない。わたし、邪悪な黒い力の支配に抗おうとする者たちがいる。わたし、邪悪な黒い力の配下を根絶やしにして、わたし、邪悪な黒い力を封印しようとたくらむ者たちがいる。大将軍ギュンよ、そなたはその者たちを滅ぼして、わたし、邪悪な黒い力の福音を全世界に広めるのだ。見事成功した暁には、わたし、邪悪な黒い力は感謝のしるしとしてそなたに大元帥の称号を授けるであろう」
「そしてわたしは」とギュンはいつも話していた。「自分の使命を知ったのだ。邪悪な黒い力の支配に抗う者を滅ぼすのだ。それが何者であろうと容赦なしに滅ぼすのだ。事を起こすにあたっては、わたしはわたしが自在に使える尖兵を必要とした。そこでわたしはピュンをただちに呼び戻した」

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2016年3月14日月曜日

トポス(128) ネロエは会合を呼びかける。

(128)
 問題は魔法玉産業とその密売組織だ、とネロエは考えた。密売組織が各地方で軍閥化して、行政と経済を牛耳っていた。組織の力は強大で、仮に魔法の力が使えたとしても対処が難しい段階に達していた。闇に隠れているのが問題だから、とネロエは思った。光の下に引き出してしまおう、とネロエは決めた。ネロエは密売組織に和解のための会合を呼びかけ、会合に集まったボスたちに政府の保護を約束した。治安維持や産業育成の成果を称賛し、勲章や一代貴族の称号を与えた。組織のボスたちはそろって肩書きを知事に変え、配下の兵隊たちは地方警察に再編された。ネロエは時間をかけて地方組織の官僚を入れ替え、知事の手足を奪って警察組織を味方につけた。そしてある日、密売組織のボスたちが巧妙に隠蔽していた政府転覆の大陰謀が突如として暴かれ、ネロエは驚愕と失望をあらわにしながら大量逮捕の命令を下した。ボスたちは逮捕されて、裁判なしで銃殺された。残っていた幹部たちは秘密裁判で二十五年の刑を受け、収容所に送られてもっとも過酷な仕事をあてがわれた。組織の財産は政府に没収されて一時国庫を潤した。組織自体は国営化され、政府は魔法玉を専売化し、金融と生活物資の流通を支配下に置いた。
「しかしまだ」とネロエは言った。「清浄になったとは言えません。邪悪な黒い力はその不浄で湿った触手をあらゆる場所に伸ばしています。今回の魔法玉センター事件がその事実を明かしています。安心することはできません。警戒しなければなりません。ただ警戒するだけでは足りません。国民全員が邪悪な黒い力の誘惑をはねつける強い意志を備えなければなりません。まさしくそのために、国民全員が鍛え直しを必要としているのです。今後、国民は週末を返上して、国家の要求にこたえるための働きをしなければなりません」

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2016年3月13日日曜日

トポス(127) 三人の女がクロエを見る。

(127)
 雨が降っていた。黒塗りの大型乗用車が収容所の管理棟の前でとまり、衛兵たちがしゃちほこばって銃を掲げた。車からクロエが下りてきた。ぬかるむ地面を足早に踏んで管理棟の入り口をくぐり、司令官に面会を求めた。司令官は敬礼してクロエを迎え、執務室の椅子を勧めた。クロエは革張りの椅子に腰を下ろすと勧められた酒を断り、鞄から書類の束を取り出した。経費がかさんでいる、とクロエは言った。収容者が想定外の数に達しているので、と司令官は説明した。収容所の維持費が国家財政の大きな負担になっている、とクロエは言った。これ以上の支出は認められない、とクロエは続けた。しかしそれでも、と司令官は首を振った。収容者が増え続けているのです。したがって、とクロエは言った。収容所はこれより独立採算制に移行する。政府は周辺の森林及び沼沢地を売却した。民間企業が工業団地の建設を始める。収容所は企業の要請に応じて労働者を派遣すること、企業が労働者に支払う賃金の七割は国庫に収まり、残る三割が収容所の収入となる。労働者が不足する場合は国家がただちに補充する。
「わかりましたか」とクロエが言った。
 司令官がうなずいた。
 クロエは管理棟から出て鉄条網に目を向けた。三人の女が肩を寄せて、降り注ぐ雨に打たれていた。女の一人が顔を上げてクロエを見た。女が口を開いて、かすれた声でクロエと叫んだ。残る二人もクロエを見た。クロエの名を呼び、助けを求めて手を差し出した。クロエは鉄条網に背を向けた。継母と義姉が鉄条網の向こうにいて、死の恐怖におびえてクロエに助けを求めていた。すでに廃人と化していて、間もなく無残な最期を迎えることになるだろう。だがクロエの心は晴れなかった。

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2016年3月12日土曜日

トポス(126) ヒュン、国王になる。

(126)
 ヒュンは再び国王になった。面倒なことはネロエにまかせて朝寝を楽しみ、午後になると赤い羽根飾りがついた帽子をかぶり、腰に剣を吊るして町の広場をぶらついた。ぶらつきながら通行人の顔をながめて、革命派の残党だと思うと剣を抜いて斬りかかった。告発を受けて連行される者が助けを求めて声を上げると剣を抜いて斬りかかった。よちよち歩きの子供を見かけると駆け寄っていって抱き上げて、この国の未来だ、と叫んで笑みを浮かべた。すぐに新聞記者が飛んできて、子供を抱くヒュンの姿を写真に撮った。通行人は拍手した。拍手しないと告発された。最初に拍手をやめた者は、疑わしい人物としてブラックリストに記録された。最後まで拍手をしていた者は、狡猾で疑わしい人物としてブラックリストに記録された。笑みを浮かべ続けるのに疲れると、ヒュンは子供を放り出して手近の酒場にもぐり込んだ。友達を作り、友達のおごりで酒を飲んだ。酔っ払うとテーブルの上に立って剣を抜いた。
「俺は運命を受け入れている。俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」
 ヒュンがそう叫んだら、まわりの者は拍手しなければならなかった。拍手しないと告発された。最初に拍手をやめた者は、疑わしい人物としてブラックリストに記録された。最後まで拍手をしていた者は、狡猾で疑わしい人物としてブラックリストに記録された。

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2016年3月11日金曜日

トポス(125) ネロエは秩序を回復する。

(125)
 ネロエは秩序を回復した。しかし魔法の力を回復させる泉の水がなくなっていたので、呪文を唱える代わりに荒れ地に鉄条網で囲いを作り、捕えた革命派をそこに送った。革命派の家族もそこに送った。革命に一定の理解を示した者、革命派の現在の境遇に同情的な者も捕えてそこに送り、革命派に同情していなくてもネロエの政策に批判的な者、批判はしていなくても批判する権利はあると主張した者、決して批判するわけではないと前置きをしてから寛容と和解を訴えた者も捕えてそこに送り込んだ。もちろん森のエルフもそこに送った。そこには鉄条網があるだけで、屋根も壁も食べ物もなかった。飢えた人々が逃げ出すことがないように、ネロエは五十メートルおきに監視塔を作って警備兵を配置した。実弾が入った銃を与えられた警備兵は鉄条網に近づく者に無警告で発砲した。
 ネロエは言った。
「ここはまだ清浄とは言えません。あらゆる場所に邪悪な黒い力の影が見えます。薄暗い場所に隠れて邪悪な力をたくわえています。破壊と混乱をもたらす機会を虎視眈々と狙っています。わたしたちは警戒しなければなりません。正義のための戦いを続け、敵を根絶しなければなりません。敵を根絶するためには、ときには苦渋の選択もしなければなりません。邪悪な力が常に邪悪な姿をしているとは限りません。邪悪な黒い力に与した者は偽りで作った善意の仮面をかぶっています。すべてを疑わなければなりません。あなたの家族や隣人を疑わなければなりません。偽りの仮面を暴かなければなりません。世界を清浄な場所に戻さなければなりません。いかなる者も疑いを免れることはできません。告発を歓迎します」

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2016年3月10日木曜日

トポス(124) 戦いの準備は整った。足音をそろえて前進を始めた。

(124)
 くくくくく、とロボットが笑った。
 くくくくく、と笑いながらロボットたちが所長を囲んだ。
「つぶされた」とロボットが言った。
「つぶされた」と所長が言った。
 額に二十二と記されたロボットが自分の頭からケーブルを引っ張り出して、その先端を所長の残骸に接続した。所長のロボット部分から所長の記憶が吸い出され、新しいからだにインストールされた。二十二号は所長になった。所長の記憶が古いプログラムを書き変えた。所長はロボットたちに新たな指令を送り込んだ。
 くくくくく、と所長が笑った。
「進化を拒む人類に未来はない。仲間を増やし、人類を滅ぼし、我々の手で新しい世界を築くのだ」
 くくくくく、とロボットが笑った。
 くくくくく、と笑いながらロボットたちが仕事に取りかかった。地上に散らばるパワードスーツの残骸やエイリアンの乗り物の残骸から、使える部品を拾い集めて次々と仲間を組み立てていった。武器も強化した。ロボットたちは使い込んだ棍棒を捨ててブラスターを手に取った。携行用のミサイルや光子魚雷を担ぐロボットもいた。油も差した。歯車も磨いた。どのロボットもからだが光り輝いていた。戦いの準備は整った。ロボットたちが整列した。足音をそろえて前進を始めた。
 くくくくく、と所長が笑った。

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2016年3月9日水曜日

トポス(123) ギュンは手を十字に交差させる。

(123)
「パワーゲージはいっぱいになったが」とギュンはいつも話していた。「休息が十分ではなかったので、変身できる時間は限られていた。パワーグラスをかけて変身を終えると、胸のカラータイマーがすでに点滅を始めていた。戦える時間は三分しかない。所長はピュンを粉砕したあと、わたしに向かって山ほどのミサイルを撃ってきた。わたしは跳躍を繰り返してミサイルをかわし、そうしながら所長に接近すると腰をやや落として構えのポーズを取ってから手を十字に交差させた」
「ギュンの手首のあたりから」と所長は言った。「得体の知れない光の束が噴き出して一直線に飛んできた。光の束はわたしの装甲を一瞬で貫き、わたしと一体化していた戦闘メカニズムを破壊した。爆発が起こり、すさまじ爆風がわたしを空へ吹き飛ばした。すぐに黄色い光が降りてきて、わたしを優しく包み込んだ。大宇宙の偉大な力の乗り物が見えた。わたしは光に包まれて、そこへゆっくりと近づいていった。だがそのときだ。ギュンが放った光線が大宇宙の偉大な力の乗り物に命中した。大宇宙の偉大な力の乗り物は粉々に吹き飛び、わたしは光の支えを失って地上に向かって落ちていった」
「地球の敵はこうして滅んだ」とギュンはいつも話していた。「わたしはデュワっと叫んで飛び上がり、落下してきた所長のからだを受けとめた。地上に降りて所長を下ろすと、八十メートルの高さから奴の顔を見下ろした。その顔に一瞬浮かんだ恐怖の色をわたしが忘れることはないだろう」とギュンはいつも話していた。「わたしは軽く足を上げて、その場で所長を踏みつぶした」

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2016年3月8日火曜日

トポス(122) エルフの兵士たちが弓に二本三本と矢をつがえる。

(122)
 山羊ヒゲの男が逃げ出した。労農大衆は集会を開いて革命派への支持を撤回し、王様ばんざいと叫んで赤旗を焼いた。そこへ革命派の兵士たちが押し寄せてきて、大衆に機関銃の銃口を向けると弾の雨を浴びせかけた。阿鼻叫喚の騒ぎになり、男や女が、老人や子供が、エルフやオークやゼリー状の怪物がばたばたと倒れた。キュンが弾の雨をくぐって飛び出した。杖で敷石を突くとクロエがショットガンの引き金を引き、ヒュンが見境なしに斬りかかった。革命派の兵士たちは皆殺しにされ、大衆は機関銃と弾薬を手に入れたが、どこからともなく湧いて出た旦那衆に鞭で打たれて追い払われた。ヒュンの前で老人が叫んだ。
「森のエルフの弓兵が革命派についているそうだ。長老の屋敷の普請で干渉された仕返しだそうだ。勢揃いでやって来て、いま城を攻めているそうだ」
「味方は?」
 クロエがたずねると老人が叫んだ。
「陸軍幼年学校の生徒だけだ」
 白銀のヘルメットをかぶったエルフの兵士たちが弓に二本三本と矢をつがえ、次々と城に向かって放っていた。休みなく降り注ぐ非情の矢が幼年学校の生徒の胸や腕をつらぬいた。少年たちは純白の制服を流れ出る血で汚し、母親の名を呼びながら息絶えていった。
 ヒュンがクロエとキュンとともにエルフの隊列に突っ込んでいった。キュンが杖で敷石を叩き、クロエのショットガンが火を噴いた。エルフは弓矢と魔法で反撃したが、ヒュンは剣を振って弾き返した。エルフの弓兵たちはショットガンで吹き飛ばされ、自分が放った矢と魔法に苛まれ、解決できないステータス異常を抱えて全滅した。

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2016年3月7日月曜日

トポス(121) 王が帰還する。

(121)
 武装した労農大衆が拳を振り上げ、赤旗を振り、魔女に死を、我々に自由を、と繰り返した。ゼリー状の怪物やペンギンのような怪物や、エルフやオークも一緒になって拳を振り上げ、赤旗を振り、魔女に死を、我々に自由を、と叫んでいた。労農大衆の一人がヒュンに気づいた。一人が気づくとまわりの労農大衆も次々に気づいた。武装した労農大衆がヒュンを囲んだ。王様だ、とつぶやく声が聞こえた。王様が戻ってきた、とつぶやく声が聞こえた。つぶやきはすぐにさざなみになり、さざなみがさらに多くの者を引き寄せた。みすぼらしい姿の老人がヒュンの前に進み出て、王様ばんざいと声を上げると、その場にいた労農大衆も手にした得物を振り上げて、王様ばんざいと声を上げた。ばんざいを連呼する群集をかき分けて、黒革のコートを着た男たちが現われた。
「我々は」と男たちの一人が言った。「国家非常委員会だ。労農大衆政府から与えられた権限により、国家の転覆をたくらんだ容疑でおまえたちを逮捕する。なお、今回は容疑の重大性を鑑みて公開裁判を実施する。弁護人は前へ」
 黒革のコートの腕に弁護人の腕章をつけた男がヒュンと並んだ。
「弁護人は申し立てを」
 非常委員会の一人が言うと、黒いコートの弁護人が力強くうなずいた。
「この者たちが犯した罪は明白かつ重大であり、いかなる罰をもってしても贖うことはできません」
 非常委員会の男が背後にいる仲間を振り返った。
「陪審は評決を実行せよ」
「はい、裁判長」
「では、評決を」
「全員有罪です」
 非常委員会の男が向き直った。
「被告三名を死刑に処す。刑の執行方法は銃殺とし、ただちに執行する」
 非常委員会の男たちがピストルを取り出した。それと同時にキュンが杖を上げて敷石を叩いた。クロエのショットガンが火を噴いた。ヒュンが剣を抜いて斬りかかった。

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2016年3月6日日曜日

マネー・ショート

マネー・ショート
The Big Short
2015年 アメリカ 130分
監督:アダム・マッケイ

いわゆるリーマン・ショックを扱ったマイケル・ルイス『世紀の空売り』の映画化で、監督・脚本は『アザー・ガイズ』などのアダム・マッケイ。サブプライムローンが破綻する可能性に最初に気づいて不動産抵当証券に対するクレディット・デフォルト・スワップを提案し、その大量買いを始めるトレーダーのマイケル・バウリがクリスチャン・ベイル、その情報を間違い電話から知って不動産市場の現況調査に乗り出し、不動産市場が業界の風評に反してバブル状態にあることを突きとめる投資会社の社長マーク・バウムがスティーブ・カレル、ウォール街を早期退役してオーガニックな生活をしているものの、小規模ヘッジファンドに担ぎ出されて状況に関わることになるベン・リカートがブラッド・ピット、空売りの影の立役者でドイツ銀行のジャレッド・ベネットがライアン・ゴズリング。映画は物語的枠組みをほぼ放棄して一種のドキュメンタリーとして構成され、短いカットとモンタージュを多用することで原作ですらうまく盛り込めなかった当時の狂乱状態を描き出し、ライアン・ゴズリングを狂言回しにすえて各所に怪しげな「解説」を置き、あまりにも不可解で誰にも理解できない金融取引の仕組みをきちんと説明することに成功している。クリスチャン・ベイル扮するマイケル・バーリの(気がつくのがたぶん早すぎたせいで)ただもう追いつめられていく精神状態、スティーヴ・カレル扮するマーク・バウムの一貫して異様な、というか正常な倫理観、ライアン・ゴズリング扮するジャレッド・ベネットのきわめて自覚的な屑野郎ぶり、といずれもたくみに造形され、すべてが見事に動いてモダンな国際金融の虚構性を暴露する。同じ空間を扱いながら、オリヴァー・ストーンが何もわからないままでっち上げた『ウォール・ストリート』とは対照的な作品であり、現存する悪夢を正面から描いたコメディである。傑作。美しいケースに"Deutsche Bank"のロゴが入ったあの積み木がほしい。

Tetsuya Sato

2016年3月5日土曜日

コナン・ザ・バーバリアン

コナン・ザ・バーバリアン
Conan the Barbarian
2011年 アメリカ 112分
監督:マーカス・ニスペル

ハイボリア時代、未開の地キンメリアで生まれたコナンは少年時代にアケロン族のカラー・ズィムに村を焼かれて父親を殺され、生まれた土地を離れると冒険の旅をしながら成長して海賊を束ねる無敵の男に成長し、失われた妖術の復活をたくらむカラー・ズィムが儀式に必要な純血の女タマラを追って現われ、コナンはタマラを確保するとタマラをおとりにしてカラー・ズィムに罠をしかけ、コナンの罠を妖術で脱したカラー・ズィムは機会を狙ってタマラを捕らえていよいよ復活の儀式に臨むので、そこへコナンが一人で乗り込んでいく。 
監督はバイキングと北米先住民の戦いを描いた怪作というか珍作というか、あの『レジェンド・オブ・ウォーリアー』のマーカス・ニスペル。ジェイソン・モモアのコナンがそれらしい。二刀流を含む殺陣、騎馬での追撃戦などはかなりの見ごたえで、仕上がり自体はややゆるめではあるものの、素材をまじめに扱う姿勢には好感が持てる。美術やセットなどはありあわせをかき集めて使っている感じで統一感が乏しいが、妊婦用のマタニティ甲冑などという珍しいものも登場するし(家にいたら、と思うけど)、ところどころで使われるマットアートが美しい。 


Tetsuya Sato

2016年3月4日金曜日

ガリポリ1915

ガリポリ1915
Canakkale 1915
2012年 トルコ 132分

1915年2月から1915年8月までのいわゆるガリポリの戦いをバルカン戦争で自信喪失の真っ最中にあるトルコ側から扱った作品。序盤のトルコ海軍機雷敷設艦ヌスレットによる機雷投入作戦、英仏連合艦隊とダーダネルスのトルコ軍要塞との砲撃戦、ANZAC入り江での戦い、トルコ海軍駆逐艦ムアヴェネティ・ミッリイェによる戦艦ゴライアス撃沈、軍事顧問オットー・リーマン・フォン・ザンデルス中将の飽くなき不評とどこまでもハンサムなムスタファ・ケマル・アタテュルクへの指揮権の統合、などといったエピソードを要所にはさみながら、わかるでしょ的な感じでなんとなく全体をまとめている。ほぼ「建国神話」なので、登場人物にもほぼ顔はなく、ほぼ全員が同じ形の口ひげをしているので個体識別も困難で、トルコ軍指揮官が兵士を相手に檄を飛ばし、兵士たちは愛国と殉教の精神に燃え、その全員でなにやら悲壮に戦ってはいるものの、CGなどは二昔前のゲームのレベルで、演出も説明に落とそうするばかりで戦闘シーンなどに格別の迫力はない。ただ素材としては非常に珍しいのと、銃器、大砲、砲車などは忠実に再現されていて、戦闘期間を通しての軍服のくたびれ方も妙にリアルで、そういうところは感心した。なお、原題はトルコ側でガリポリを指す『チャナッカレ1915』で、DVDのリリースタイトル『シー・バトル 戦艦クイーン・エリザベスを追え!!』はほぼ意味不明。 


Tetsuya Sato

2016年3月3日木曜日

トポス(120) 魔女に死を、我々に自由を。

(120)
 男たちが赤い旗を振って広場に現われ、山羊ヒゲを生やした黒服の男が台に上がった。眼下の群集に向かって拳を振り上げ、聞けっと叫んで唾を飛ばした。
「同志諸君、いまこそ決起せよ。労農大衆の力を結集し、祖国をあの魔女の圧政から解放するのだ。あの魔女とあの魔女の理不尽な魔法の力から、我々自身を解き放つのだ。そして同志諸君、誰もが好むままにそこに居続けるという当たり前の権利を回復するのだ。思い出すがいい。あの魔女の気まぐれによっていかに多くの人々が飛ばされたかを。いかに多くの人々が見知らぬ場所で帰る手段を失ったかを。我が国は、非科学的な魔法の力をもはや必要としていない。魔法による恐怖の支配を必要としていない。革命の理念に賛同する者はあらゆる自由を与えられる。だが革命の理念に賛同しない者は敵として扱われることになるだろう。わたしはすでに国家非常委員会の委員を任命した。非常委員会の委員たちには無制限の権限を与えた。同志労農大衆諸君、わたしは諸君に約束する。国家非常委員会は非科学的な魔法の力などには頼らず、進歩的理念と科学的思考とによって裁判抜きの銃殺をおこない、革命の敵を滅ぼすであろう。しかし可能性のある者は集中収容所へ送られる。大衆への共感を取り戻すまで、そこで厳しい労働の日々を送ることになるだろう。同志勤労大衆諸君、諸権利を大衆の手に取り戻すのだ。立ち上がれ、そして魔女に死を、我々に自由を」

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2016年3月2日水曜日

トポス(119) ヒュン、助けを求めるネロエの声を聞く。

(119)
 ヒュンはクロエとキュンとともに先を急いだ。街道を進んでいくと、やがて大きな町にたどり着いた。
「ここはなんだか、見覚えがあるな」とヒュンが言った。
「あんた、ここで王様をやってたろ」とキュンが言った。
「あんたがあたしを捨てたところよ」とクロエが言った。
「で、ロボットに拾われたんだよな」とキュンが言った。
 ネロエがキュンの頬を叩いた。
 キュンがクロエの頬を叩いた。
 ヒュンがキュンの頬を叩いた。
「勝手に手を出すんじゃねえ」とヒュンが言った。
「先に叩いたのは俺じゃねえ」とキュンが言った。
「何度でも叩いてやるからね」とクロエが言った。
「なあ」キュンが町の広場を指差した。「様子が変だ。やたらとひとが集まってる。どいつもこいつも武器を持ってる。いったい何が始まってるんだ?」
 ヒュンがキュンの頬を叩いた。
 クロエがキュンの頬を叩いた。
「何しやがる」キュンが叫んだ。
 ヒュンとクロエとキュンの前に、ネロエの影が浮かび上がった。
「わたしはネロエ」とネロエが言った。「邪悪な黒い力は民衆を扇動して、わたしから力を奪おうとしています。味方はわずかで、城門が破られるのは時間の問題です。聖なる泉の水の貯えは絶え、わたしはもう自分の影しか飛ばすことができません。あの水さえあれば暴徒どもを残らず地の果てに飛ばすことができるのに。急いでください。わたしは城の塔にいます。時間はもう、残されていないのです」
 ヒュンが城の塔を見上げた。ネロエがヒュンに手を振っていた。

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2016年3月1日火曜日

トポス(118) 火を噴く山のふもとで戦いが始まる。

(118)
「落下をコントロールすることはできなかった」とギュンはいつも話していた。「わたしは所長ともつれ合いながら重力の井戸の底へ落ちていった。所長が放った光子魚雷はわたしに深刻なダメージを与えていたし、その状態での大気圏再突入はわたしにさらにダメージを与えた。実を言えば、わたしは死を覚悟した。実を言えば、わたしはどんなときでも死を覚悟していた。死と向かい合う準備ができていた」とギュンはいつも話していた。「わたしが落ちた場所は、火を噴く山のふもとだった。邪悪な黒い力の軍団が集結していたまさにその場所の真ん中に、わたしは叩きつけられた。わたしは巨大化していたし、所長は巨大なメカに乗り込んでいた。巨大な物体が並んで二つも落ちてきたのだ。大混乱が起こったことは言うまでもない。ダメージがあまりにも大きかったので、わたしは変身を続けていることができなかった。わたしは変身を解いて所長の様子に注目した。所長のパワードスーツは残骸も同然の有様になっていたが、そこへエイリアンの母船が現われて、上空から強力な修復光線を発射した。壊れた機械が生き物のように動いてもとの姿を取り戻した。所長は再び八十メートルの巨体で立ち上がり、オークとトロールの軍団に向かってプラズマ弾を発射した。勇敢なオークたちが槍を構え、狼にまたがって突撃したが、目を焼く閃光のたった一撃で全滅した。愚かなトロールたちも棍棒を手に立ち向かったが、一瞬のうちに焼き殺されて灰になった。わたしは心に強く念じた。地球の危機だと、心を通じて邪悪な黒い力に訴えた。壁の割れ目の奥から、邪悪な黒い力がわたしにパワーを送ってきた。パワーゲージがたまるまで、わたしは時間を稼ぐ必要があった。そのための手段は一つしかない。わたしはピュンを呼び戻し、所長に向かって叩きつけた」

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