2016年1月31日日曜日

トポス(89) ギュンは迷宮から脱出する。

(89)
「所長が裏切ることは予想していた」とギュンはいつも話していた。「しかし、これは正直に認めなければならないが、あのような形で裏切りに出るとは予想していなかった」とギュンはいつも話していた。「つまりわたしは予想外の、そして卑劣きわまる反撃を受け、迷宮に逃げ込まざるを得なくなった。踏みとどまって戦うという選択ももちろん可能だったが、わたしはむしろ時期を見るべきだと判断した」とギュンはいつも話していた。「迷宮が見かけ倒しだということに、わたしはすぐに気がついた。たしかに化け物は本物だったが、壁は石膏ボードの上に安物の壁紙を貼りつけただけの偽物だった。わたしはただちに壁を破って突破口を切り開いた」とギュンはいつも話していた。「途中で捕えた化け物やトイレで見つけた液体石鹸を利用して爆弾を作り、戦いながら道を開いた。迷宮から脱出するのにさほどの時間はかからなかった。子供のための遊具を軽く踏み超えるような調子だったと言ってもいいだろう」とギュンはいつも話していた。「わたしは町に戻り、部屋にこもって対策を練った。ヒュンをなんとかしなければならなかった。所長とその一味をなんとかしなければならなかった」

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2016年1月30日土曜日

トポス(88) ネロエは再び国民に危機を訴える。

(88)
 邪悪な黒い力と戦うためにネロエは連合を呼びかけた。あらゆる種族の代表が森の奥のエルフの館に集まった。あらゆる種族が過去のいさかいを棚上げして、邪悪な黒い力と戦うために結束したが、結束は結束した瞬間にほどけて消えた。ネロエの呪文によって多くの者が遠くに送られ、遠くから多くの者が呼び寄せられた。呼び寄せられた者は見知らぬ場所で恐怖を感じて逃げ惑い、集会はそこでそのまま崩壊した。ネロエは城に戻って王冠をかぶり、錫杖を取った。テラスに立って国民に向かって呼びかけた。
「邪悪な黒い力の勢いはとどまることを知りません。頼みの綱であった連合は邪悪な黒い力の影に飲み込まれ、わたしたちは孤立しました。邪悪な黒い力は、次はこの国を狙ってきます。いまこそ、国民の力を結集しなければなりません。戦える者は残らず戦場におもむかなければなりません。戦えない者は戦う者の無事を祈らなければなりません。試練のときが訪れました。勇気を試されるときが訪れました。邪悪な黒い力を倒すまで、わたしたちの戦いに終わりはないのです」
 国民は歓声を上げて決意を示した。そこへ伝令がやって来て、ネロエの前にひざまずいた。
「監獄に作られた迷宮の結界が破られ、怪物たちがこちらに向かって押し寄せてきます」

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2016年1月29日金曜日

トポス(87) ネロエはエルフとドワーフに連合を呼びかける。

(87)
 邪悪な黒い力と戦うためにネロエは連合を呼びかけた。あらゆる種族の代表が森の奥のエルフの館に集まった。あらゆる種族が過去のいさかいを棚上げして、邪悪な黒い力と戦うために結束した。
 邪悪な黒い力はすでに強大な影響力を発揮している、とエルフの賢者たちは口をそろえた。エルフの中にも魔法玉を使う者が現われた。小銭を稼ぐために魔法玉の売人をしているエルフもいるという。それだけではない、とエルフの族長が口を開いた。邪悪な黒い力から、館の補修費用を融資したいという申し出があった、とエルフの族長は言った。破格の低利だった、とエルフの族長は言った。これほどの好条件は滅多にない、とエルフの族長は言った。実は交渉を進めている、たったいまこの瞬間にも、邪悪な黒い力の手下がこの館で補修費用の見積もりをおこなっている、とエルフの族長は言った。なにしろ我々は現金収入が少ないのだ、とエルフの族長は言った。土地の切り売りだけではしのぐことができないのだ、とエルフの族長は言った。
「こんなところにまで」とネロエが言った。「邪悪な黒い力の影が」
 我々だけではない、エルフの族長はそう言ってドワーフの代表を指差した。ドワーフどもは大々的に魔法玉製造の下請け業に乗り出している。邪悪な黒い力に手を貸して、大金を稼いでいるのだ、とエルフの族長は言った。
 利益は微々たるものだ、とドワーフの代表は言った。甘い話に乗った我々が愚かだった、とドワーフの代表は言った。せっかく作っても供給過剰で買い叩かれる有様だ、とドワーフの代表は言った。設備投資は無駄になった、とドワーフの代表は言った。コストを下げてなんとか持たせようと努力はしているが、真剣に撤退を考える時期に来ている、とドワーフの代表は言った。だが撤退すれば産業構造の空洞化は避けられない、とドワーフの代表は言った。
「そんなところにまで」とネロエが言った。「邪悪な黒い力の影が」
 ネロエが呪文を唱え始めた。


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2016年1月28日木曜日

トポス(86) ネロエは国民に危機を訴え、邪悪な黒い力との戦いが始まる。

(86)
 やはり呪いだ、とネロエは確信した。あと一晩、気がつかないふりをしていれば、あの若者は呪いから解き放たれることになるだろう。ネロエは静かに夜を待った。ロボットが金属の殻を脱ぎ捨てて若者になり、若者がテラスで笛を吹くあいだも待ち続けた。朝焼けを背にして若者が部屋に入って来ると、寝台から飛び出してロボットの殻を両手に抱えた。ネロエはそれを燃え盛る暖炉に放り込んだ。
「愚かな女め」若者が叫んだ。「余計なことをしてくれたな。あと一晩、あとたった一晩で呪いを解くことができたというのに。おしまいだ。俺は行く。おまえはここに一人残って、自分がしでかしたことを一生悔やむがいい」
 若者は黒い大きな鳥になって朝の空に羽ばたいていった。ネロエは王冠をかぶり、錫杖を握り、テラスに立って国民に知らせた。
「この国は清浄になりました」
 国民は歓声を上げてネロエを迎えた。
「しかし、安心することはできません。邪悪な黒い力はまだこの国を狙っているのです。一人でも多くを腐敗と堕落の道に引き入れようと、虎視眈々と機会を狙っているのです。わたしたちはこの脅威に敢然と立ち向かわなければなりません。邪悪な黒い力を追い払わなければなりません。力を合わせましょう。この国を、そして世界を清浄な場所に保つために、わたしたちは力を合わせなければならないのです。邪悪な黒い力は勢いを増しています。もはや一刻の猶予も許されません」

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2016年1月27日水曜日

トポス(85) ネロエが目覚め、力を取り戻す。

(85)
 ネロエは豪華な寝台で目を覚ました。枕元に水差しがあり、清浄な光を放つ水で満たされていた。ネロエは水差しの水をグラスに注いで口に含んだ。あの泉の水だった。ネロエは水を飲み下し、からだに力が戻るのを感じた。起き上がって見回した。誰もいない。テラスに通じる窓があり、開け放たれたその窓から涼やかな笛の音色が聞こえてきた。ネロエは裸足で床に下りて窓辺に寄った。カーテンに隠れてテラスを見ると、美しい若者が横笛を口にあてていた。美しい音色が夜空に向かってこぼれていた。ネロエは足音を忍ばせて寝台に戻った。眠ったふりをしながら朝を待つと若者が部屋に入ってきた。ネロエが横たわるかたわらで、金属の殻をまとっていった。人間の脚が見えなくなった。人間の腕も見えなくなった。ロボットの頭が若者の顔を覆い隠した。金属の殻をすっかりまとうと、そこには不格好なロボットがいた。
 くくくくく、とロボットが笑った。
 これは呪いだ、とネロエは思った。呪いのせいで夜のあいだしか、もとの姿に戻ることができないのだ、とネロエは思った。次の晩もロボットは金属の殻を脱ぎ捨てた。美しい若者の姿になってテラスで無心に笛を鳴らした。ネロエは寝床で若者を待った。若者は夜明けの前に部屋に戻って金属の殻を身につけた。
 くくくくく、とロボットが笑った。

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2016年1月26日火曜日

トポス(84) ヒュン、冒険の仲間とともに迷宮から脱出する。

(84)
「何しやがる!」キュンが叫んだ。
「ほっといてよ」クロエが叫んだ。「だって本当に、亭主なんだから。結婚式だって、挙げたんだから」
「物好きだなあ」
 打たれた頬をさすりながらキュンが言った。
「そんなことより」ヒュンが言った。「ここから逃げ出さないと俺たちはやばい」
「そこをどきなさい」クロエが言った。
 腰だめに構えたショットガンを壁に向けて引き金を引いた。石に見せかけた壁紙がはじけて漆喰が飛んだ。二発三発と浴びせると壁に大きな穴が開いた。
「安普請だから、壁に穴を開けて進めば外に出られる」
 クロエが穴に飛び込んだ。ヒュンとキュンがあとに続いた。穴の向こうは迷宮の怪物たちの休憩室になっていた。ゼリー状の怪物や下半身が蛇の女やくるくるまわるペンギンがくつろいでお茶を飲んでいた。クロエのショットガンが火を噴いた。ヒュンが剣で突きかかった。キュンが杖で床を突いた。怪物たちの死体の山ができあがったが、クロエの心は晴れなかった。

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2016年1月25日月曜日

トポス(83) ヒュン、クロエと再会する。

(83)
「どうするんだよ?」キュンが言った。
「さすがにまずいな」ヒュンが言った。
「このろくでなし!」クロエが叫んだ。
 ショットガンを構えてヒュンに近づき、ヒュンの頬を平手で打った。ヒュンがすぐさま打ち返した。クロエの頬が赤くなり、クロエの目に大きな涙の粒が浮かんだ。
「あんたを探したんだよ。ここにいるって思ったから、隅から隅まで探したんだよ」
 クロエが言うと、ヒュンがクロエの頬を打った。
「甲斐性なし」クロエが叫んだ。「酔っ払いのただ飯食らい」
 ヒュンがクロエの頬を打った。
「ごくつぶし」クロエが叫んだ。「くそったれの色ぼけ野郎」
 ヒュンがクロエの頬を打った。
「ろくでなし」クロエが叫んだ。「あんたなんか死んじまえ」
 クロエがショットガンをヒュンに向けるとヒュンはクロエを抱き寄せた。
「俺にはおまえだけなんだ。だから、もう一度チャンスをくれ」
 クロエの頬を涙が伝った。
「でもよ」キュンがクロエを指差した。「こいつ、ロボットの女房に収まって、女王様の暮らしをしてたんだぜ」
 クロエがキュンの頬を打った。

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2016年1月24日日曜日

ゾンビーバー

ゾンビーバー
Zombeavers
2014年 アメリカ 77分
監督:ジョーダン・ルービン

女子大生三人組が週末を過ごすために湖畔のロッジへやってくると、女子会のはずがそれぞれの男友達も現われて、それぞれに交接などに励んでいると、謎の産業廃棄物を浴びて凶暴化したビーバーの群れが襲いかかり、これが殺しても死なない上に噛まれると人間にもビーバーの牙が生え、ビーバーの尻尾が生え、クマでもビーバーの牙が生え、ビーバーの尻尾が生え(たぶん)、ビーバーも人間もクマも一緒になって凶暴化して襲いかかってきて、窓を板でふさいでもかじる、穴掘りが得意なので下からもくる、そしてもちろん木をかじって切り倒す。
このクラスの映画としてはダイアログが作り込まれていて、若いキャストも仕事をしていて、そこそこにコミカルで、77分という短めの尺にも無駄なところはあまりない。構成は見たまんまの王道で、登場するビーバーはおもにマペット、特殊メイクも80年代風、という趣向はなんとなく好みではある。エンディングロールで「ぞんびーばー、ぞんびーばー」と流れるネタばれ主題歌も悪くない。 



Tetsuya Sato

2016年1月23日土曜日

食人虫

食人虫
Bugs
2014年 中国 82分
監督:イエン・ジア

海南島あたりとおぼしきリゾートで美人コンテストがおこなわれようとしているころ、その沖合いに浮かぶ貨物船ではマッドサイエンティストがなにやら人工生物を作り出し、成功したとたんにシステムが暴走してだんご虫のような小さな虫が無数に現われ、人工生物は科学者を食って大きくなり、小さな虫のほうは白髪三千条的に数を増して海を渡り、前述のリゾートに襲いかかって観光客、警備員、泥棒などを食べ、そのあいだに金持ちの息子のヨットが貨物船に近づいて、察するところビールの在庫が切れたので補充を求めて貨物船に乗り移り、金持ちのぼんぼんもその腰巾着も分相応の最期を遂げ、ただジャン・ズーリンを放置しておくことはできないので、元恋人やその恋人などが救出に向かう。 
『食人虫』という立派な原題があるのに、なんで『グリード FROM THE DEEP』などという意味不明な邦題をつけたのか。CGはひと昔前のNHKスペシャルのレベルだし、82分という短い尺の割にはだれ場が多いし、技術的にもいろいろチャレンジされてはいるが、その場その場の演出にはそれなりのパワーがあるし、なによりもジャン・ズーリンはじめとして女優陣の水準が高いこともあり、いちおう最後まで見ていられる。 



Tetsuya Sato

2016年1月22日金曜日

トポス(82) 迷宮の内部は地獄だった。

(82)
 迷宮の内部は地獄だった。曲がりくねる石積みの廊下には半透明をしたゼリー状の怪物がひそんでいた。怪物は人間の前にいきなり姿を現わして、緑色やオレンジ色のからだで包み込んだ。襲われた人間は怪物のからだの中で時間をかけて消化された。分厚い膜にはばまれて悲鳴を聞くことはできなかったが、永遠に燃え続ける松明の光を頼りに溶けていくのを見ることはできた。石積みの廊下の壁には石や鉄の扉が並んでいた。扉を開けると、その奥にも怪物がいた。下半身が蛇になった女が猛烈な速さで這い出してきて平手打ちを食らわせた。ペンギンのようなものが出てきてお辞儀をして、いきなり猛烈な速さで回転して相手を部屋の隅まで跳ね飛ばした。どこから湧いて来るのか、くるくるとまわる危険なペンギンの群れでいっぱいになって、部屋から逃れようにも逃れられない。慎重に進んで扉を避けても、扉のほうが勝手に開いてブルカをつけた女が顔を出し、火炎瓶を投げつけてきた。火炎瓶から逃れても、いつの間にか小さな丸いものを踏みつけていた。一見したところは毛の生えた肉団子だが、踏まれると怒って背中から鋭い針を突き立てた。一匹が踏まれると同じようなものがわらわらと寄ってきて、いっせいに針を突き立てた。廊下の暗い場所には人魂のようなものが漂っていた。この人魂は攻撃しても無視しても怒って膨れ上がって真っ赤になって自爆した。爆発に巻き込まれると頭や手足が吹っ飛んだ。迷宮で生き残るためには化け物を片端から退治しながら進まなければならなかった。たいていの化け物は剣の一撃や銃弾の一発、適切に選ばれた魔法玉で退治できた。中には物理攻撃がまったく通用しないもの、物理攻撃しか通用しないものもいたが、うろたえなければ退治できた。回復系か復活系の魔法でしか退治できないアンデッド属性の化け物もいて、これは仕掛けを理解するまでに多大の時間と犠牲を必要とした。経験値を高めて相手を見極め、山ほど退治して化け物の死体をあとに残して進んでいくと恐ろしい化け物が追いかけてきた。直立歩行する山椒魚のような化け物が、転がる死体からみんなの怨みを拾い集めて追いかけてきた。カンテラを手にして現われて必殺の包丁攻撃を繰り出してきた。どのような勇者もこの包丁から逃れることはできなかった。突き立てられたら、もうそれだけで命運が尽きた。迷宮の内部は地獄だった。

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2016年1月21日木曜日

トポス(81) ヒュン、剣を手にして迷宮へ飛び込む。

(81)
 所長がヒュンに歩み寄ったとき、ギュンが魔法玉を投げつけた。ピュンが罠のスイッチを押し込んだ。魔法玉が所長のからだを通り抜けた。斧が所長のからだをすり抜けた。魔法玉は迷宮の門にあたって氷柱を突き立て、鉄の扉を凍らせた。斧は勢いよく振り戻って、凍った扉を打ち砕いた。
「ホログラフか?」とギュンが叫んだ。
「なんなんだよ?」とピュンが叫んだ。
 所長の実体がギュンとピュンの背後に現われた。
「ホログラフではない」と所長が言った。「大宇宙の偉大な力の力を借りたのだ」
 羚羊を追う狩人の群れが湧いて出て、ギュンとピュンを狙って銃を構えた。
 迷宮の門が黒い口を開けていた。ギュンとピュンはそこへ逃げ込んだ。所長が追った。狩人の群れが所長とともにギュンとピュンを追いかけた。予言が成就しつつある、とミュンが言った。
 あとにはヒュンが残された。手錠をはめられて転がっていた。そのへキュンがやって来た。羊飼いの杖で叩くと手錠がはずれた。ヒュンが立ち上がった。羽根飾りがついた帽子を直し、名もない剣を抜き放った。
「俺は運命を受け入れている」とヒュンが言った。「俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」
「あんたの運命を分けてくれ」とキュンが言った。「俺も世界を救う英雄になる。だから俺も邪悪な黒い力と戦うんだ」
「ここはどこだ?」とヒュンがたずねた。
「迷宮の入り口さ」とキュンが言った。
 ヒュンは剣を手にして迷宮へ駆け込んでいった。キュンが羊飼いの杖を担いでヒュンを追った。

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2016年1月20日水曜日

トポス(80) いかにも俺は羚羊を追う狩人だ、と狩人は言う。

(80)
 所長は崖の縁で目を覚ました。初めは夢を見ていたのかと思ったが、夢から見放されていたので夢ではなくて事実だった。組織を取られた痕跡があった。血を抜かれた痕跡があった。直腸に何か得体の知れない違和感があった。所長は立ち上がった。ゆらりと揺れて、倒れかけた。視界いっぱいに下界が広がり、落ちると思ったその瞬間、誰かが背後から抱き寄せた。羚羊を追う狩人だった。狩人は所長を自分の小屋へ連れていった。
「危ないところだった」と狩人が言った。「俺がいなければまっさかさまに落ちていたところだ。ところであんたもあれに会ったな? にじんだ光に包まれた、吊り上がった目をしたあれに会ったな?」
「仮に会ったとしよう」と所長が言った。「しかし、それがどうしたというのだ? いったいどんな意味があるというのだ? 俺は羚羊を追う狩人ではない。俺は所長で、俺には果たすべき責任がある」
「いかにも俺は羚羊を追う狩人だが」と狩人が言った。「あの経験を経て、ただの狩人ではなくなった。アストラル体から解放され、第七階梯を突破して宇宙的視野を獲得した。新たな魂が腰に生まれ、尻の穴の奥から語りかけて俺に使命を与えている。耳を傾けろ。あんたにも同じ声が聞こえるはずだ」
「たしかに、聞こえる」と所長が言った。
「なんと言っている?」と狩人がたずねた。
「滅ぼせと言っている」と所長が言った。「ギュンとピュンを滅ぼせと」
「俺にも同じ声が聞こえている。同じ声を聞く仲間はたくさんいる。大宇宙の偉大な力は怒っている。仲間を殺され、魔法玉に変えられたので怒っている。俺たちはあんたが来るのを待っていた。俺たちをあんたが導くのだ。そしてギュンとピュンを滅ぼすのだ」
 くくくくく、と所長が笑った。

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2016年1月19日火曜日

トポス(79) 所長の前にまばゆく輝く光の玉が現われる。

(79)
 所長は再び崖の縁に足を置いて、何かもっとモダンな相手に呼びかけた。すると所長の前にまばゆく輝く光の玉が現われた。見上げるほどの大きさで、崖の前で宙に浮いて太陽に似た光を放っていた。光の玉から光の腕が伸びてきて、所長をふわりとつまみ上げた。光の腕が所長を運び、光の玉が口を開けた。所長は光の玉の口をくぐり、そこで深い眠りに落とされた。気がつくと冷たい金属製の台の上で、からだを拘束されていた。黄ばんだ光が妙ににじんで、まわりをはっきりと見ることができない。誰かがいる。吊り上がった目で所長を見下ろしている。人間ではなかった。それは何か不気味な形の器具を手にしていた。不気味な器具を所長のからだの人間の部分やロボットの部分にあてていった。全身に隈なくあてていった。組織が取られた。血を抜かれ、油を抜かれた。しばらくすると頭の中で、耳に障る金属的な声が響き始めた。ガンマGTBの数値が高くなっています。肝機能の低下が疑われます。腎臓の石灰化が認められ、尿素窒素も標準よりやや高い数値を示しています。コレステロールの数値も全般に高めで、脂質異常の疑いがあります。生活習慣の改善、特に食事療法の採用を強く推奨します。アルコール、たばこは避けてください。ロボット構造体の潤滑油の酸化が進んでいるようです。劣化した潤滑油は作動不良の原因となるので、早期の交換を強く推奨します。

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2016年1月18日月曜日

提督の艦隊

提督の艦隊
Michiel de Ruyter
2015年 オランダ 105分
監督:ロエル・レイネ

チャールズ2世のイギリスがオランダの海上交通路封鎖をたくらんで第二次英蘭戦争が始まり、オランダの首相となったヨハン・デ・ウィットはミヒール・デ・ロイテルを提督に任命、信号旗を大幅に拡充したミヒール・デ・ロイテルは英国艦隊に対して単縦陣と包囲陣を併用して勝利を収め、さらにテムズ川をさかのぼってチャタムに攻め入り、英国艦隊に焼き討ちをかけ、この結果、ブレダの和約が結ばれるが、ルイ14世がオランダ侵攻を計画するとチャールズ2世はドーヴァーの密約を交わして英国艦隊をオランダに送り、フランスがオランダの国土に侵攻するとオランダ国内ではヨハン・デ・ウィットに対する不満が強まり、デ・ウィット兄弟は虐殺されてオラニエ公ウィレム3世が政権を取り、引き続き提督を命じられたミヒール・デ・ロイテルは攻め寄せる英仏連合の艦隊に罠をしかけ、喫水の深いフランス艦はオランダ沿岸で次々と座礁、チャールズ2世はメアリ・スチュワートをウィレム3世に嫁がせ、ミヒール・デ・ロイテルは地中海に派遣されてフランスとの戦いで戦死する。 
開巻、デン・ハーグの海岸に集まった市民が沖で展開するシェヴェニンゲンの海戦を望見するところで目を奪われた。格別に予算がかかった映画ではないし、おそらくは復元ガレオン船一隻にCGで山ほども船を足して、被弾すると派手に木っ端が飛ぶ割には壊れている気配がないし、ハイスピードショットの頻度の高さも気になるものの、17世紀当時の艦隊戦を描こうという明確な目的に沿って絵が作られていて、船の細部の描写も含めて、そこのところは無条件に楽しいし、つまり見たまんまだったということなのか、人物がふつうにオランダ絵画しているあたりも面白い。序盤で戦死するトロンプ提督がルトガー・ハウアー、チャールズ2世がチャールズ・ダンス。なにしろチャールズ・ダンスなので、このチャールズ2世も見ごたえがあった。 
Tetsuya Sato

2016年1月17日日曜日

ブリッジ・オブ・スパイ

ブリッジ・オブ・スパイ
Bridge of Spies
2015年 アメリカ/ドイツ/インド 142分
監督:スティーヴン・スピルバーグ

1957年、ニューヨークの弁護士事務所でパートナーをしているジェームズ・ドノヴァンはFBIに逮捕されたルドルフ・アベルの国選弁護人を引き受けるが、ルドルフ・アベルの容疑がソ連のスパイで、小学校では核兵器の威力を子供たちに説明してduck & coverなどとやっている時代なので、敵のスパイの弁護をしたということでジェームズ・ドノヴァンは全米から批判を受けることになるが、法理念に忠実なジェームズ・ドノヴァンはまずFBIの過失を発見して証拠の有効性に疑念をはさみ、被告が法的に適性に処理されていないと主張するものの、結論ありきで裁判を進める判事によってこの主張を退けられ、陪審はルドルフ・アベルに有罪を認め、ジェームズ・ドノヴァンは判事の家を訪れてルドルフ・アベルはアメリカの交渉カードであると説得し、判事はジェームズ・ドノヴァンの言葉に理を認めると電気椅子を求める全米の期待に反してルドルフ・アベルに30年の禁固刑を宣告し、ジェームズ・ドノヴァンの家には銃弾が撃ち込まれることになるが、1960年、いわゆるU-2撃墜事件が発生し、フランシス・ゲイリー・パワーズがスパイ容疑で告発を受けて有罪宣告を受けたことから、1962年、ジェームズ・ドノヴァンはCIAから要請を受けてパワーズとアベルの交換交渉をすることになり、西ベルリンの廃屋同然の拠点を与えられてヒルトンに宿泊するCIA職員の指示を受け、壁ができあがったばかりの東ベルリンを単身で訪れると不良グループにコートを奪われ、風邪を引いた状態でソ連大使館で交渉を開始、パワーズに加えて前年に東ベルリンで逮捕されたイェールの学生フレデリック・プライアーの返還も要求すると、ソ連側はプライアーの一件は管轄が違うと主張して東ドイツ側の代表を紹介し、主権国家としてアメリカの承認を求める東ドイツはソ連とは違うことを言い、CIAはCIAでプライアーなど自業自得だから知らないと言い、それでもジェームズ・ドノヴァンは信念にしたがって要求を通し、パワーズとプライアーは開放され、ソ連はルドルフ・アベルを取り戻し、東ドイツは面目を保つ。
ジェームズ・ドノヴァンがトム・ハンクス、ルドルフ・イヴァノヴィチ・アベルがマーク・ライランス。一見して人柄があふれるトム・ハンクスのジェームズ・ドノヴァンもたいへんなものだが、ほとんど表情のないマーク・ライランスの演技がまたすごい。50年代末から60年代初頭のアメリカ、東西ベルリンが精密に再現され、特に東ベルリンのファンタジーっぷりがなんだか『ワン、ツー、スリー』みたいでなかなかに楽しい(しかもそれを映画で見ているだけのこちらはその場に自分がいないことを喜べる)。コーエン兄弟による脚本がよくまとまっているのか、映画の方向性は明瞭で、ヤヌス・カミンスキの撮影はほとんど神がかりと言ってもよく、スピルバーグの演出は2時間半近いこの作品を一気に見せる。すばらしい映画だと思う。ところで大仕事を終えて帰宅したドノヴァン弁護士を迎えた家族がテレビの前で食べていたのはいわゆるテレビディナーだったのではあるまいか。一瞬しか映らなかったので自信はないが。

Tetsuya Sato

2016年1月16日土曜日

トポス(78) 所長の前に復讐の女神が黒衣をまとって現われる。

(78)
 所長は復讐の女神を探して山を下った。囁き続ける歯車の音を耳に聞き、機械油を垂らしながら森の奥へと入っていった。押し寄せる藪をかき分けて、はしばみの枝に顔を打たれ、廃墟と化した神殿を見つけて祭壇の前に足を置いた。
 所長は復讐の女神に向かって呼びかけた。
「復讐の女神よ。俺の前に姿を見せろ。この俺が問いかけ、そしておまえたちが答えるのだ。復讐の女神よ。俺が呼んでいる。俺の前に現われるのだ」
 復讐の女神が黒衣をまとって現われた。
「わたしは復讐の女神だ」と復讐の女神が所長に言った。「おまえの望みはわかっているぞ。おまえの望みは地方官僚的な条件反射とロボットのプログラムにしたがって予防的な措置を講じることだ。それを復讐の女神に求めるのは筋違いというものだ。復讐の女神は復讐をする。おまえが求めているのは復讐ではない。それならばヒュンを、とおまえはいま考えたな。しかしヒュンへの復讐を求めるのも筋違いだ。テレポッドの一件は事故と見なされる。おまえがすべきことを教えてやろう。まず書類を用意して、それから所管の行政機関に労働災害の申請をすることだ。運にめぐまれて、係官が同情的なら認められることだろう。だが管理責任を問われることも覚悟しておいたほうがいいだろう」
「役立たずめ」と所長が叫んだ。「消え失せろ。どうやら呼び出す相手を間違えた。この俺には、何かもっとモダンな相手がふさわしい」

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2016年1月15日金曜日

トポス(77) 所長の前に神秘の力が光をまとって現われる。

(77)
 神秘の力が光をまとって所長の前に現われた。
「わたしは神秘の力だ」と神秘の力が所長に言った。「おまえの呼びかけにこたえて、ここにこうしてやって来た。聞くがいい。邪悪な黒い力が勢いを増している。千年にわたる平和と繁栄は絶たれ、地上は暗黒の力で満たされる。だが安心するがいい。邪悪な黒い力は一人の英雄の手によって倒される。その英雄はヒュンと名乗り、羽飾りのついた帽子をかぶり、腰に名もない剣を吊るしている。おまえの使命は一つしかない。ヒュンを助け、邪悪な黒い力の暗黒の野望を打ち砕くのだ」
「神秘の力よ」と所長が叫んだ。「この俺に命令しようというのか? だが命令するのは俺のほうだ。おまえは俺の下僕となり、俺の命令にしたがってギュンとピュンを滅ぼすのだ」
「わたしは神秘の力だ。万物に内在する悟性の結晶だ。内面のないおまえの下僕ではない。おまえがわたしの下僕なのだ。わたしの敬意を得たければ内面を鍛えろ。判断以前に感性がない。地方官僚的な条件反射とロボットのプログラムで動く人間に、わたしが敬意を払うことはないだろう。俗物と呼ばれたことは一度もないか? 小役人と罵られたことは一度もないか?」
「役立たずめ」と所長が叫んだ。「消え失せろ。どうやら呼び出す相手を間違えた。この俺には、復讐の女神がふさわしい」

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2016年1月14日木曜日

トポス(76) だが俺のまどろみは眠りではない。

(76)
 所長は責任を果たすために答えを求めて山に登った。荒々しく吹きつける冷たい風に逆らって、囁き続ける歯車の音を耳に聞き、機械油を垂らしながら山頂に近づき、時を超えて岩が吠える絶壁の縁に足を置いた。首をゆっくりとめぐらして、下界を遥かに見渡した。雪が所長の顔を打った。折れ曲がりながら凍てつく尾根が見えた。しぶきを散らす滝が見えた。岩から岩へと羚羊が飛ぶ。風がやみ、戸惑うように雪が舞った。雲が分かれて月の光が差し込んだ。所長が月を見上げて目を開いた。
「俺は眠りに落ちようとしている。だが俺のまどろみは眠りではない。俺の思惟が決して思考ではないように。両眼を閉じてまどろむのは、俺の内奥で未決の箱に収められた無謬の指令書を読むためだ。俺にはいかなる内面もない。俺の行動は地方官僚としての条件反射とロボットのプログラムに仕切られている。俺自身が介在する余地は残されていない。どこをどう探しても、俺という人間は存在しない。ただ大いなる目的のために俺という形が残されている。大いなる目的の前では人間は無だ。だが俺は大いなる目的によって象られ、無限とも言える力を手に入れた。俺の行動は、もはや俺にもとめることはできないだろう」所長は月の光に向かって両手を高く差し上げた。「さあ、神秘の力よ。俺の前に現われろ。この俺が問いかけ、そしておまえたちが答えるのだ。神秘の力よ。俺が呼んでいる。俺の前に現われるのだ」

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2016年1月13日水曜日

トポス(75) 所長はすでに不満を感じている。

(75)
 ギュンとピュンを仲間に加えたとき、所長はすでに不満を感じていた。「あの二人には感謝の念が欠けていた。もしわたしが救いの手を差し伸べなければ、ピュンはあの谷底で朽ち果てて、屍肉喰らいどもの餌になっていたはずだ。そこへわたしが手を差し伸べて、ピュンを文明世界に連れ戻してやったのだ。しかしわたしはピュンから、礼らしき言葉を聞かされていない。ギュンもそうだ。もしわたしが救いの手を差し伸べなければ、ギュンはあの刑務所の不潔極まりない独房で朽ち果てて、無名墓地の底なし穴に投げ捨てられる運命だった。そこへわたしが手を差し伸べて、文明世界に連れ戻してやったのだ。しかしわたしはギュンからも、礼らしき言葉を聞かされていない。あの二人はわたしと目的を共有していたが、ただ共有していただけで、実は仲間などではなかったのだ。わたしはすぐに気がついた。感謝の念が欠けていたことがその証拠だ。ただ感謝しないばかりではない。このわたしをまるで、怪物を見るような目つきで盗み見た。あの目つきはよく知っている。分不相応な不満を抱えて、暴動を起こす機会を虎視眈々と狙っている姑息で恥知らずな囚人の目だ。感謝を知らない囚人の目だ。わたしは対処しなければならなかった。わたしにはすみやかに対処する責任があった」

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2016年1月12日火曜日

トポス(74) ピュンはすでに不満を感じている。

(74)
 所長の仲間に加わったとき、ピュンはすでに不満を感じていた。「なんだかとんでもなく遠くに来たって思うことがたまにある。魔法玉工場で朝から晩まで、小鬼の頭を割っていた頃が無性に懐かしくなることがある。毎朝いやでも聞くことになるタイムカードの打刻音や、工場の食堂のまずい飯や、出納係のばあさんの不機嫌な顔が無性に懐かしくなることがある。でも、俺にはよくわかってた。昔には、もう決して戻れないってわかってた。前に進むしかなかったんだ。できることをするしかなかったんだ。ヒュンは俺の獲物だった。ヒュンをぶっ殺すために、とにかく俺はがんばったんだ。がんばってがんばってがんばったんだ。だから、誰かに渡すわけにはいかなかった。俺が自分の手で、ヒュンをぶっ殺さなけりゃならなかった。そうするのが俺の責任だって思ってた。そうなんだ。俺の責任だったんだ。俺は、俺の責任を果たすために、まずあの化け物を、つまり所長をなんとかしなけりゃならないと思ってた。だから罠を仕掛けておいたんだ。落とし穴なんかじゃない。スイッチと斧を使った罠だった。所長が前に進んだら、斧が天井から降ってきて所長を真っ二つにするようになっていた。所長がヒュンに近寄ったとき、俺は迷わずスイッチを押した。斧が降ってくる音をはっきりと聞いたよ」

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2016年1月11日月曜日

トポス(73) ギュンはすでに不満を感じている。

(73)
 所長の仲間に加わったとき、ギュンはすでに不満を感じていた。「ヒュンはわたしが作り出した怪物だ」とギュンはいつも話していた。「わたしがいなければヒュンはコソ泥で終わっていた」とギュンはいつも話していた。「だからわたしにはヒュンを始末する責任があった。わたしが生み出したのだから、わたしが終わらせなければならなかった。わたしの責任で、終わらせなければならなかった。権利ではなく」とギュンはいつも話していた。「責任だ。わたしは自分の責任を果たすために、まずあの化け物をなんとかしなければならないと考えていた。あの所長をなんとかしなければならないといつも考えていた」とギュンはいつも話していた。「わたしは魔法玉を隠していた。いつでも使えるように、ポケットの中で魔法玉を握っていた。刑務所で、限られた材料で作ったもので、お世辞にも質がよいとは言えなかったが、その辺で売られている魔法玉に比べれば、はるかに強力なものだった。わたしなら」とギュンはいつも話していた。「刑務所の限られた材料でも強力な魔法玉を作ることができるのだ」とギュンはいつも話していた。「所長がヒュンに近寄ったとき、わたしは魔法玉を取り出した。そして一瞬の躊躇もなく」とギュンはいつも話していた。「所長に魔法玉を投げつけた」

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2016年1月10日日曜日

トポス(72) 所長は復讐を求めている。

(72)
 くくくくく、と所長が笑った。
 所長が歩くと金属の部品が音を立てた。機械油がしたたり落ちた。所長は半分が人間、半分がロボットだった。
 所長は復讐を求めていた。怪物のような姿になったのはヒュンのせいだった。だからヒュンにこの世の地獄を味合わせなければならなかった。親兄弟を皆殺しにして、親戚もはとこの果てまで残らず殺して、爪を一枚ずつ引っこ抜き、指を一本ずつねじ切ってから鼻と耳をそぎ落とし、皮を剥ぎ、肉をえぐり、腕と脚を切り落とし、性器をむしり取って口に突っ込み、最後に目玉をえぐってやろうと考えていた。
 復讐のための仲間も集めていた。所長は谷の底で燃え殻のようなありさまで倒れていたピュンを見つけて仲間にした。重警備の刑務所で自由を奪われていたギュンを見つけて仲間にした。
 三人はそろって復讐の機会をうかがっていた。そしていま、その機会が目の前に転がっていた。ヒュンが手錠をはめられて、目の前に転がっていた。ヒュンが逃げ場のない場所で、手錠をはめられて転がっていた。沼地に建つ監獄の迷宮の入り口に転がっていた。
 くくくくく、と所長が笑った。

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2016年1月9日土曜日

トポス(71) 許せない、とクロエは思う。

(71)
 くくくくく、とロボットが笑った。
 ロボットは金属の殻を脱ぎ捨てて美しい若者の姿になり、横笛を手にしてテラスの縁に腰かけた。笛を口にあてがって、美しい音色を夜の空に踊らせた。テラスを見渡す窓の陰にクロエがいた。王妃の豪華な冠をかぶり、王妃の豪華なケープをまとい、侍女たちにかしずかれて暮らしていても、クロエの心は晴れなかった。夜に夜を重ねても、呪いを解くことはできなかった。笛を吹く美しい若者は朝になると不恰好なロボットに戻り、王冠をかぶって悪政を働く王になった。民衆を弾圧し、自由を求める声を奪い、棍棒で叩き、さからう者は監獄に送った。魔法玉の流通を黙認して、組織から巨額の賄賂を受け取っていた。許せない、とクロエは思った。
 南の山脈の足もとに、いにしえからエルフが暮らす美しい森が広がっていた。ロボットは森の木を伐り倒して瘴気が漂う沼地に変え、そこに巨大な監獄を作った。監獄の中は迷宮で、一度入ったら出てくることはできないという。迷宮の奥には怪物がいて、人間を食らって腹を満たしているという。許せない、とクロエは思った。
 若者が笛を置いて立ち上がった。背中から黒い翼を大きく広げて、夜の空に舞い上がった。鳥の姿で空を駆けて、城をめぐって弧を描いた。何かを探しているのか、しきりと地上を見回している。やがてテラスに降り立って鳥の翼と鳥の皮を脱ぎ捨てた。不恰好なロボットが現われて、金属の首をまわしてクロエを見た。許せない、とクロエは思った。
 くくくくく、とロボットが笑った。
 クロエの目の隅で何かが動いた。テラスの手すりを乗り越えて、ヒュンが姿を現わした。杖を背負ったキュンが続いた。ロボットがヒュンに気がついた。ヒュンが剣を抜いてロボットに迫った。キュンが杖で床を叩いた。ロボットは攻撃を無視して棍棒を出した。クロエが進んだ。ショットガンを腰で構えてロボットを撃った。ロボットが振り返った。棍棒でクロエを一撃した。ヒュンが迫った。剣をロボットに突き立てた。金属のからだが剣をはじき、ロボットが棍棒を振り上げた。空を切って振り下ろすと、ヒュンはその場に昏倒した。キュンは逃げた。
 くくくくく、とロボットが笑った。

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2016年1月8日金曜日

トポス(70) 民衆は圧制を受けて苦しんでいる。

(70)
 くくくくく、とロボットが笑った。
 民衆は圧政を受けて苦しんでいた。
 国中に湧き起こった革命の叫びは、
 黒光りする棍棒の力で打ち砕かれ、
 金属製の無情な足に踏み潰された。
 大いなる叫びはささやきに変わり、
 ささやきはかすれて、風に消えた。
 恐れが立ち上がって風をはらんだ。
 くくくくく、とロボットが笑った。
 非情な笑いが人々の耳を苦しめた。
 酷薄な支配が人々の心を苦しめた。
 人々は無情の棍棒に打ちのめされ、
 無情の足によって踏みにじられた。
 新たな王は心を持っていなかった。
 新たな王は考えたりもしなかった。
 ただプログラムにしたがっていた。
 くくくくく、とロボットが笑った。
 人々は怒りを隠して口をつぐんだ。
 人々は恐怖におびえて顔を隠した。
 絶望がのしかかり、希望は消えた。
 しかし新たな希望が産声を上げた。
 英雄は間もなくやって来るという。
 英雄がロボットの王を倒すという。
 人々は希望を糧に日々をしのいだ。
 くくくくく、とロボットが笑った。

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2016年1月7日木曜日

トポス(69) ヒュン、キュンと再会する。

(69)
 ヒュンは街道を南へ進んでいた。進むにつれて邪悪な黒い力の影がますます濃くなっていった。空を覆う雷雲が稲妻を飛ばし、野を渡るつむじ風が牛を飛ばした。路傍では石が肩を寄せて土曜の夜の孤独と日曜の朝の頭痛を歌っていた。やがて小さな村にたどり着いて、そこで一人の老人に出会った。
「不恰好なロボットが、わしらの王様になったそうだ」と老人は言った。「どこからともなく現われて、さっさと王様に収まったそうだ。前の王様もひどかったが」
 稲妻が老人を打ち倒し、ヒュンは南に向かって旅を続けた。次の村では背中が曲がった老婆に出会った。
「不恰好なロボットが、わしらの王様になったそうだ」と老婆は言った。「革命派を捕まえて、棍棒で叩いて、牢屋に送っているそうだ。前の王様もひどかったが」
 つむじ風が老婆を吹き飛ばし、ヒュンは南に向かって旅を続けた。次の村ではしかめっ面の男に出会った。
「不恰好なロボットが、俺たちの王様になったそうだ」と男は言った。「聞いたところではプログラムされたとおりに動いているそうだ。前の王様もひどかったが」
 男は石と一緒に歌い出し、ヒュンは南に向かって旅を続けた。次の村では羊飼いの杖を抱えたキュンに出会った。キュンのまわりにはステータス異常を起こしたヒツジが転がっていた。この杖ではヒツジの番ができない、とキュンは言った。この杖も俺もヒツジの番に向いてない、とキュンは言った。キュンは冒険を求めていた。ヒツジの世話から逃げ出して未知の世界に飛び込んで、思うままに冒険がしたいと考えていた。
「なにしろ俺は若いのだから」とキュンは思った。「何にだってなることができる。英雄にだって、なることができる」
「俺は運命を受け入れている」とヒュンが言った。「俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」
「あんたの運命を分けてくれ」とキュンが言った。「俺も世界を救う英雄になる。だから俺も邪悪な黒い力と戦うんだ」

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2016年1月6日水曜日

トポス(68) ピュンはさらに罠を仕掛ける。

(68)
 単純な方法は失敗が多い、とピュンは思った。十分すぎるほど先回りをして、時間をかけて罠を仕掛けた。まず道を動かして、道の先をむき出しになった大岩に向けた。もとの道筋が見えないように藪で隠して、それからペンキと刷毛を取り出すと冷たくて黒い岩肌にトンネルの入り口を描き始めた。本物と見分けがつかないほど上手に描いて、藪に隠れてヒュンを待った。ヒュンがトンネルに入ろうとして岩にぶつかったら、背後からナイフで襲ってヒュンを仕留めるつもりだった。ヒュンが来た。早足で道をやってきて、そのままトンネルに入っていった。ピュンは隠れ場所から立ち上がって、トンネルの入り口に近づいていった。首をかしげて中を覗いた。とたんにトラックが飛び出してきて、ピュンをタイヤで踏みしだいた。続いて貨物列車が飛び出してきて、ピュンを車輪で切り刻んだ。
 複雑な方法は失敗が多い、とピュンは思った。先回りをして落とし穴を掘り始めた。小さな穴ではヒュンがかからないかもしれないので、大きな穴を掘ることにした。道に大きな穴を掘って、一休みをして握り飯を食べていると握り飯の一つが転がりだして穴に落ちた。すると穴の底から、おむすびころりん、すっとんとん、と声が聞こえた。ためしにもう一つ落としてみると、穴の底からまたしても、おむすびころりん、すっとんとん、と声が聞こえた。ピュンが腰を上げて穴を覗くと、ネズミがピュンを見上げていた。ネズミは握り飯の礼がしたいと言ってピュンを呼び、大きな葛篭と小さな葛篭を並べて好きなほうを選ぶようにとピュンに言った。大きな葛篭をピュンは選んだ。穴の外に運び出して蓋を開けると爆発が起こってピュンを雲の上まで吹き飛ばした。

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2016年1月5日火曜日

トポス(67) ピュンはヒュンを仕留めにかかる。

(67)
 ピュンは息を切らして山に登って道を見下ろす崖に立った。ヒュンが来たら、崖の上から爆弾を落としてヒュンを仕留めるつもりだった。ヒュンが近づいてきた。ピュンは重たい爆弾を両手で抱えて、崖の縁に近づいていった。額に玉の汗を浮かべながら、腕が抜けるような思いを味わいながら、とうとう崖の縁にたどり着いた。その瞬間に足もとが割れて、ピュンは爆弾を抱えて、風を切って落ちていった。爆弾の撃発信管が地面を叩き、轟然と起こった爆発がピュンを雲の上まで吹き飛ばした。
 ピュンはもう一度山に登った。道を見下ろす崖の縁に腹這いになって、狙撃銃を構えていた。高倍率のスコープに目をあてがって、道の上のヒュンの姿を探し求めた。ところがヒュンが見つからない。ピュンは腹這いのまま、右や左へと角度を変えてヒュンを探した。それでもヒュンが見つからない。ふと思い立って、からだを一気にぐるりとまわして狙撃銃を背後に向けた。スコープにヒュンの姿が現われた。にやりと笑って狙撃銃の引き金に指をかけ、そこで自分が崖の外に出ていることに気がついた。ピュンは真っ逆さまに落ちていった。
 ピュンはもう一度山に登った。道を見下ろす崖の縁に腹這いになって、双眼鏡でヒュンを探した。道の上にヒュンを見つけて、それから狙撃銃に持ち替えた。高倍率のスコープに目をあてながら、初めからこうすべきだったとピュンは思った。ヒュンを狙って引き金を引いた。ところが何も起こらない。撃鉄が動く音は聞こえたが、必殺の弾が出てこない。ピュンはからだを起こして狙撃銃を軽く振った。レバーをがちゃがちゃと動かして、銃口を覗きながら台尻を落とした。台尻が地面に触れた瞬間に、必殺の弾が銃口から飛び出てピュンの頭を粉砕した。

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2016年1月4日月曜日

トポス(66) ピュンは再び罠を仕掛ける。

(66)
 ピュンはヒュンを追っていた。見たところ、ヒュンはたった一人で旅をしていた。ショットガンを担いだあの不気味な女の姿はない。羊飼いの杖を担いだあの妙な小僧の姿もない。これはチャンスだ、とピュンは思った。
 ピュンは先回りをして、ヒュンの進路に罠を仕掛けた。まず道の上にごちそうを置いた。ヒュンが足をとめてごちそうを食べ始めたら、頭の上に十六トンの鉄の重りを落としてヒュンを仕留めるつもりだった。クレーンで鉄の重りを釣り上げて、重たいレバーを握り締めてヒュンを待った。ヒュンが来た。足をとめずにごちそうの皿をさらっていった。ピュンはあわてて、クレーンのレバーから手を離してヒュンを追った。道に走り出た瞬間に、ピュンの頭に十六トンの鉄の重りがのしかかった。
 仕掛けが複雑すぎた、とピュンは思った。先回りをして、崖にはさまれた隘路に煉瓦を積んで壁を作った。ヒュンが不審に思って足をとめたら、壁を倒してヒュンを仕留めるつもりだった。ピュンは壁に隠れてヒュンを待った。ヒュンの気配が近づいてきた。壁の向こうで足音がとまった。ピュンは壁に肩を当てて、渾身の力をかけて押し始めた。壁が反応した。しかし、誰かが壁を押し返した。ピュンも負けまいと押し返した。踏ん張った足が地面を滑り、気がつくと倒れかかる煉瓦の壁を必死になって支えていた。壁をピュンを押しつぶした。

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2016年1月3日日曜日

トポス(65) ヒュン、魔法玉を使う。

(65)
 ヒュンとネロエは街道をさらに南へ進んでいった。進むにつれて邪悪な黒い力の影が濃くなっていった。空は暗くなり、野を吹き渡る風も暗くなり、路傍では石が肩を寄せて月曜の朝の暗い心を歌っていた。ネロエは何度も呪文を唱えて、四つの村と二つの町を清浄にした。何百人もの用心棒や売人を善良な市民に入れ替えた。そしていきなり膝を折ると道に倒れて、悲しみがこもった息をもらした。
「恐れていたことが起こりました」ネロエがつぶやくような声で言った。「邪悪な黒い力はあまりにも大きく、そしてわたしは非力でした。わたしはもう、先に進むことができません。力を使い尽くしてしまったのです。あなたにお願いがあります。南の山脈の足もとに、いにしえからエルフが暮らす美しい森があるのです。その森の奥には精霊が住まう泉があり、いつも清らかな水をたたえています。その泉の水を、どうか、わたしのために取ってきてください。精霊の光をたくわえた清らかな水が、わたしに再び力を与えてくれることでしょう」
 ヒュンはネロエを見下ろした。
「また会うこともあるだろうさ」
 そう言って一人で旅を続けた。
 やがて小さな村が見えてきた。
 密売組織の用心棒が湧き出るように現われて道をふさぎ、武器を構えてヒュンを迎えた。ヒュンは剣を抜いて守りを固めて、次々と魔法玉を投げつけた。用心棒が炎に焼かれた。雷に打たれ、鋭い氷柱に貫かれた。
「俺は運命を受け入れている」とヒュンが叫んだ。「俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」

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2016年1月2日土曜日

トポス(64) ヒュン、街道を進んで邪悪な黒い力の影を見る。

(64)
 ヒュンとネロエは街道を南へ進んでいった。進むにつれて邪悪な黒い力の影を見かけることが多くなった。空には不穏な雲がかかり、野には不穏な風が吹き、路傍では石が肩を寄せて不穏な歌を歌っていた。小さな村にも密売組織の用心棒や売人がいた。納屋に見せかけた魔法玉工場で小鬼の頭を割っていた。密売組織の幹部が村長を務め、村の学校の教師たちは密売組織から給料を受け取っていた。診療所の医師や看護師も密売組織から給料を受け取っていた。密売組織が作った橋がかかり、密売組織が作った用水路が畑に水を運んでいた。村人の心は邪悪な黒い力に冒されていた。前よりも生活が楽になったと信じていた。
「ああ」とネロエが息をもらした。唇を噛み締め、髪をなびかせて前に進んだ。「邪悪な黒い力よ」ネロエが叫んだ。「おまえたちの思うとおりにはさせません」
 ネロエが呪文を唱え始めた。血がにじむほど唇を噛み締め、腕を大きく振り上げた。用心棒や売人が消えた。密売組織の幹部も消えた。魔法玉工場にいた全員が消え、教師も医師も看護師も消えた。次々に消えて善良な市民に入れ替わった。書類を手にした下級官吏が、カタログを広げたセールスマンが、コントラバスを抱えた演奏家が、ただうろたえたまま、恐怖を感じて悲鳴を上げた。
「ここは清浄になりました」とネロエが言った。顔には笑みを浮かべていたが、しかしそこには疲労が深く刻まれていた。

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2016年1月1日金曜日

2015年の映画 ベスト10


  1. マッドマックス 怒りのデス・ロード
  2. インサイド・ヘッド
  3. スペクター
  4. アントマン
  5. ロシアン・スナイパー
  6. ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション
  7. ビースト・オブ・ノー・ネーション
  8. トゥモローランド
  9. ヒックとドラゴン2
  10. ミニオンズひつじのショーン バック・トゥ・ザ・ホーム
まず、2014年末時点で見ないままに終わっていた『ゴーン・ガール』『ジャージー・ボーイズ』はその後ビデオで鑑賞し、仕上がりは確認した。『ジャージー・ボーイズ』は優れた映画だが、クリント・イーストウッドの仕事ぶりは言わば澄み過ぎていて、ありがたいものを見たという気持ちにはなってもその先がない(そして同じ理由から『アメリカン・スナイパー』もすばらしい作品であることを認めつつ、上の一覧には入れようとしない。クリント・イーストウッドの映画をほめる、というのは聖遺物をほめるような気配があって、ほとんど信仰に近いのではないかと実は感じている。その点では『スターウォーズ』を崇めるのとあまり変わりがないという気もしないでもない。ただ、仮に一方がカトリックだとすれば、他方はサイエントロジーくらい、ということになるだろう)。その点、ロザムンド・パイクの怪演をストレートに引っ張り出した『ゴーン・ガール』のほうが気持ちがいい(ところで『タイタンの逆襲』でアンドロメダをやっていたのがロザムンド・パイクだったと最近気がついた)。
そして2014年に引き続き、ということになるけれど、2015年もあまり映画を見ていない。上半期は心身とももにほぼぼろぼろの状態で、下半期にはいくらか立ち直ったものの、調子はあまりよろしくない。というわけで『セッション』などは予告編を見ただけでもう引きまくって、引きこもったままなんとなくテレビの前に座ってNetflixで『デアデビル』とか『ジェシカ・ジョーンズ』などを眺めていたが、そのせいで頭が1時間の鑑賞サイクルに慣らされたのか、上映時間が2時間を超えると長いと感じるようにもなっている。ちなみにHuluではシェイクスピアの『リチャード二世』以降の史劇を1時間枠の連続ドラマに仕立てた『ホロウ・クラウン』の配信が始まっているが、クォリティはきわめて高いし、アテンションスパンの短いご時勢にシェイクスピアの台詞をいかに際立てるかをよく考えている。ベン・ウィンショーのリチャード二世は見ごたえがあった。一方、Netflixではアルフレッド大王を素材にした『ラスト・キングダム』の配信が始まっていて、ウェザリング入れまくりのアングロサクソン時代を背景になんとなく『ヴィンランド・サーガ』を思わせるプロットを入れ、デーン人の放埓ぶり、サクソン人のお百姓ぶり、信心深く狡猾なアルフレッド大王の微妙な支離滅裂ぶり、とこちらも力作で見ごたえがある。
ともあれ、そのような有様なので、そこでベストテンをやって意味があるのか、という気もしないでもないが、いちおう恒例行事になっているということで、あえて並べてみると上記のような結果になった。もちろん『マッドマックス』がだんとつで1位である。そのことに疑問はないものの、この超おばかな怪物映画のうしろに何を持ってくればいいのか、ほんの少しだけ悩んだ末に好きな映画を好きな順に並べてみることにした。『インサイド・ヘッド』は非常によくできた、よい映画である。『スペクター』については『スカイフォール』よりも落ちるという意見を見かけたが、007映画として見た場合にはこちらのほうが本道を歩いているし、サム・メンデスもその範囲で自由にやっているように見える。『アントマン』はとにかく楽しい映画だったので。『ロシアン・スナイパー』は前向きに評価すべき材料を豊富に備えた力作であり、近年の戦争映画の中でも傑出した仕上がりになっていると思う。『ミッション・インポッシブル』は優れたチームワークが作り出したバランスのよさを評価したい。『ビースト・オブ・ノー・ネーション』はこの監督らしい、誠実に作られた立派な作品である。『トゥモローランド』はかなり趣味な映画だとは思うが、その趣味がわたしの趣味に一致している。『ヒックとドラゴン2』は言われているように前作にはやや見劣りするものの、トゥースレスの飛行シーンを含めて各種表現に大きな改善が加えられており、単独で見る限りでは傑作であるという事実に疑いはない。『ミニオンズ』は今年もっとも期待をはずしてくれた作品ではあるが、それはミニオンが最初から最後までオクトーバーフェストをやっていてほしいという期待に対して、ということなので、その期待をはずせばすばらしく楽しい映画に仕上がっている。ただ、そういう意味ではこれも楽しい映画に仕上がっている、ということで、『ひつじのショーン バック・トゥ・ザ・ホーム』を同点に入れた。
10位圏内からはもれたものの、『プリデスティネーション』『ジュラシック・ワールド』は重要な映画だと考えている。ちなみに『バードマン』『インヒアレンド・ヴァイス』は、それぞれ理由は異なるものの、わたしの頭の中では駄作に分類されている。あと、2015年にもっとも残念な映画はたぶん『チャッピー』ということになるだろう。


Tetsuya Sato