2015年10月11日日曜日

『Terracity - テラシティ』 第十一話 テラホーク、墜ちる(後篇)

第十一話
テラホーク、墜ちる(後篇)
 そのころ、テラシティが誇る天才科学者ロイド博士の実験室では。
「博士」監視カメラのモニターを指差し、白衣をまとう技師が叫んだ。「アダム・ラーの快速艇テラホークが突っ込んできます」
「何?」博士が叫んだ。「アダム・ラーも、敵にまわったということか」
「博士」アルタイラが言った。「アダム・ラーもおならをするんですよ」
「何?」博士が叫んだ。「それはテラシティの常識に反する。しかし、いまはそんなことを気にしている場合ではない。どうやら、味方を選んでいる暇はないようだな」
「博士」熱線銃を構えた青年が叫んだ。「決断するのだ」
「よし」博士が力強くうなずいた。「君たちに協力する」
「よし」青年も力強くうなずいた。「協力してもらおう」
「だが、その前に、わたしは研究所を救わねばならない」
「それはあとだ。まず、我々に協力してもらわなければ」
「研究所を壊されたら、君たちに協力できなくなるのだ」
「博士、それはあなたの問題だ。協力しないなら銃殺だ」
「協力する。だから研究所を救わせろと言っているのだ」
「あなたの研究所など、知ったことか。革命が最優先だ」
「研究所を救えなければ、協力することはできないのだ」
「協力しなければあなたを銃殺にして研究所を破壊する」
「言ってることがめちゃくちゃだ。理性的に考えたまえ」
「不可能だ。理性にしたがっていたら、革命はできない」
 突然鈍い音がして、青年と三人の同志が白目を剥いた。
 白衣をまとう技師たちが、スパナを握って立っていた。
 もう一度振り下ろすと青年と三人の同志が床に倒れた。
「最初にこうすべきでした」白衣をまとう技師が言った。
「よくやった」博士が叫んだ。「では研究所を救わねば」
「しかし」技師たちが叫んだ。「いったいどうやって?」
 アルタイラがアデライダを指差した。
 アデライダの目に明るい星が輝いた。
「アデライダ、頼んだぞ」博士が叫んだ。
「アデライダ、行きます」

 そのころ、金星人ヴァイパーの秘密基地では。
 監視カメラのモニターを指差し、ふふふふふとラグーナが笑った。
「ほら、見てごらんなさい」
 アデライダがホウキを構えた。アデライダがホウキを振ると、テラホークがもんどりを打って墜落した。
 わははははは、と悪党どもが声をそろえた。
 テラホークのハッチが開き、アダム・ラーが這い出した。タップス、スパークスがあとに続く。監視カメラが三人を追った。
「わかるか?」ヴァイパーが言った。「カメラがうっかり動いているのだ」
 アダム・ラーの顔がアップになる。
「すごい攻撃だな」
 タップスがうなずく。
「敵もなかなかやるようです」
「正面からはとても無理だ。なんとかして彼女の背後にまわりたいが…」
「しかし」タップスが唇を噛んだ。「どうやって…」
「そうだ」アダム・ラーが叫んだ。「ミニチュア光線だ」
「そうか」とタップスがうなずく。「ミニチュア光線でスパークスを縮小して」
「そして」とアダム・ラーがあとを引き取る。「彼女の背後にまわらせるのだ」
「しかし、どうしてわたしなんですか?」
 スパークスがそう言うと、タップスが笑った。
「はっはっはっ。臆病なやつだなあ」
「タップス」アダム・ラーが命令する。「用意しろ」
「喜んで」
 タップスが勢いよく立ち上がり、熱線銃から放たれる灼熱の光をものともしないでテラホークに飛び込んだ。そしてミニチュア光線の発射管を抱えて戻ると再び地面に伏せてアダム・ラーに敬礼した。
「準備完了です」
「よし、スパークスを縮小しろ」
「喜んで」
 脅えるスパークスに向かってタップスがミニチュア光線を照射した。帯状に注ぐ水色の光線を浴び、スパークスのからだが見る見るうちに小さくなった。五センチほどの大きさにまで縮んだところで、アダム・ラーがスパークスにうなずいた。
「頼むぞ」
 スパークスが駆け出した。小さなからだとすばやい動きで敵から隠れ、うっかりフィールドをやすやすとかわしてアデライダに接近した。そして背後へまわることに成功したが、アデライダがくるりと振り返ってスパークスを踏み潰した。
「なんてこった」タップスが叫んだ。「スパークスが殺された」
「このひとでなし」アダム・ラーが罵った。
 このとき、タップスが大きく息をのんだ。
 巨大なフクロウが上空に現われ、研究所のドーム状の屋根にとまった。
「まさか、アルモン」タップスはそうつぶやくと立ち上がってこぶしを振り上げ、絶叫を放った。「アルモンっ」
 テラフクロウのくちばしが開いた。丸く開いた口のなかにアルモンの顔が現われた。アルモンが笑った。
「はーはっはっはっ。よく見破ったな。そうだ、おれだ、アルモンだ」
 封印されていた暗い記憶がタップスの胸の底からよみがえった。朝の陽射し。緑の芝生。軽快な音を立てて水をまくスプリンクラー。白い部屋着。清潔なシーツ。更生の誓い。看護師たちがやさしくほほえむ。がんばりましょうね。看護師の手がやさしく額に触れる。タップス、あなたならきっとできる。長大なプログラム。更生の誓い。再生の予感。暗いトンネルの先に光が見える。タップス、先生が呼んでるわ。タップス、先生が呼んでるわ。タップス、診察室へ。タップス、診察室へ。明るい診察室。重そうな書架。ヘッドレストがついた背もたれが見える。医師はひじ掛けに手を置いている。椅子がまわった。医師が椅子をまわしてタップスを見上げた。タップス、また会ったな、タップス、また会ったな。悲鳴が聞こえる。誰かがどこかですさまじい悲鳴を上げている。
「アルモンっ」
 タップスが雄叫びを放って飛び出した。アダム・ラーも熱線銃を抜いてあとを追う。アルモンは不敵な笑みを浮かべてテラフクロウのつばさを広げた。
「タップス、また会おう」
 テラフクロウが空に向かって飛び立っていった。
「ちくしょう」空を見上げて、タップスが叫んだ。
「なんとまあ」ゴラッグが言った。「個人の心象風景まで撮られてるぞ」
「そのようだ」ヴァゾーが言った。「カメラがうっかり撮ったのかな?」
「信じられん」セプテムが言った。「うっかりフィールド、恐るべしだ」
「おい見ろよ」トロッグが言った。「アデライダに立ち向かっていくぞ」
「そのようね」ラグーナが言った。「いったい、どっちが勝つのかしら」
「アデライダだ」ヴァイパーが言った「そうでなければ、おれが困るぞ」
 アダム・ラーがアデライダに近づいた。アデライダがホウキを振ると、アダム・ラーの熱線銃が分解した。それでもアダム・ラーはとまらずに、アデライダに向かって近づいていく。アデライダがホウキを振った。アダム・ラーはものともしないで前に進んだ。アダム・ラーが手を上げた。手を伸ばしてアデライダの肩をつかまえた。アデライダが震えてホウキを落とした。タップスが駆け寄り、アデライダの手に手錠をはめた。
「なんてこった。アデライダがつかまった」ヴァイパーが叫んだ。
「なぜだ?」トロッグが叫んだ。
「なぜなんだ?」ゴラッグが叫んだ。
「アダム・ラーには」セプテムが言った。
「うっかりフィールドが、効かないのか?」ヴァゾーが続けた。
「なぜ? アダム・ラーが間抜けだから?」ラグーナが言った。
「思い出した」ヴァイパーが言った。「エレメントXが言っていたろう?」
「そうか」悪党どもが声を合わせた。「間抜けで、融通が利かないからだ」
「とにかく」ラグーナが言った。「この展開は気に入らないわ。このままではアルタイラまで逮捕されてしまう。アルタイラはわたしの獲物よ」
「ご執心だな」ヴァイパーが言った。「アルタイラをどうしたいんだ?」
「首をはねるの」ラグーナが答えた。「そしてその首で執政官の頭をつぶしてやるのよ」
「すごいな。執政官にもご執心か?」
「あたりまえよ。爆殺されるところだったんだから」
「ラグーナ」そう叫んだのは、いたぞ、と叫んだ警官だ。いたぞ、と叫んだ警官はラグーナとともにいつもとは違うエアカーに乗ったことで運よく生き延びることができたのだ。「見てください。アダム・ラーが研究所へ入っていく」
「なかを見られるカメラはないの?」
「ないな」ヴァイパーが首を振った。
「とにかくこれは、気に入らないわ」
「そうだ」ヴァイパーがうなずいた。「まずいことになってきた」
「何を落ち着いてるの? 悪党ならさっさとなんとかしなさいよ」
「いや、そう言われても」セプテムが言った。
「いきなり、これじゃあ」ヴァゾーが言った。
「ちょっと、無理だよな」ゴラッグが言った。
「またチャンスを待つさ」トロッグが言った。
「何よ、その敗北主義は」ラグーナが叫んだ。
「だったら、ラグーナ」ヴァイパーが言った。「おまえがなんとかしろ」
「わたしが?」ラグーナが眉をひそめた。「だめよ、わたしは命令専門」
「おれたち」セプテムが頭を抱えた。「アマチュアの集まりだったのか」
「ラグーナ」いたぞ、と叫んだ警官が叫んだ。「あそこにあんなものが」
 いたぞ、と叫んだ警官が指差す先に悪党どもが目を向けた。空中に銀色をした円形の膜が現われ、ゆっくりと波紋を広げていた。
「テラホールだ」トロッグが叫んだ。
 悪党どもが震える銀色の膜に近づいていった。波紋がゆらめくたびに膜が透明になっていく。膜の向こうに間もなくアルタイラの顔が現われた。アルタイラの背後にロイド博士が立っていた。白衣をまとう技師たちがいた。
「アルタイラ」ラグーナが叫んで足を前に踏み出した。
 波紋が宙に消えて、空間を結ぶ銀色の輪が完成した。
 アルタイラが輪を越えて金星人ヴァイパーの司令室に飛び込んできた。
 博士が続いた。白衣をまとう技師たちが続いた。
「アルタイラ」ラグーナが叫んだ。
「待て」ヴァイパーがラグーナを押しとどめた。
「伏せろ」博士が叫んだ。
 悪党たちの目の前で銀色の輪が火の粉を散らして消滅した。
 アルタイラが立ち上がった。
 ロイド博士が立ち上がった。
 白衣の技師も立ち上がった。
「お願い」アルタイラが叫んだ。「アデライダが捕まったの。助け出すのに協力して」
「いいわよ」ラグーナが叫んだ。「でも、その前にあんたをぶっ殺して首をもらうわ」
「あなた、ものすごくおなら臭いわよ」
「そう言ってられるのもいまのうちよ」
「ラグーナ」博士が叫んだ。「なぜだ? なぜラグーナがここにいるのだ?」
「いやまあ」ヴァイパーが言った。「ラグーナにもちょっと事情があるのだ」
「それより」セプテムが言った。「どうして、ここの座標がわかったんだ?」
「簡単なことだ」博士が言った。「トロッグに、発信機をつけておいたのだ」
「ちくしょうめ」トロッグが叫んだ。「またしても、地球人にしてやられた」
「ねえ、聞いて」アルタイラが叫んだ。「アデライダを助けるのに協力して」
 このとき、頭上を横切るキャットウォークに人影が現われ、ヴァイパーに向かって声をかけた。
「あんた、とんでもないことが起こったよ」
 悪党どもが顔を上げ、その顔に驚きを浮かべて声をそろえた。
「ヴァイプス!」

 そのころ、アダー執政官の執務室では。
 ブーツの足音も高らかにアダム・ラーが現われ、執政官に報告した。
「アダー執政官、ロイド博士の娘アデライダを逮捕しました」
「よくやった。しかし、アルタイラと博士はどうしたのだ?」
「残念ながら、逃げられました。奇怪な発明を使ったのです」
「しくじったのか? 失敗のつぐないは死だと、わかっているのだろうな?」
「いいえ」アダム・ラーが蒼ざめた。「存じません。初めてうかがいました」
「しかし」執政官の目が鋭く光った。「いまはもう知っているというわけだ」
「しかし」アダム・ラーが抗議した。「執政官、いま知ったばかりなのです」
 ふははははは、と執政官が笑った。
「アダム・ラー、テラシティの守護者である君が脅えているのか?」
「脅えてなどはいません。しかし、ただ、少々、驚いているのです」
「驚くとは意外だな。失敗を死でつぐなうのはテラシティの常識だ」
「あいにく、そのような常識はいままで耳にしたことがありません」
「そうかもしれないが、わたしの常識がテラシティの常識なのだよ」
「存じています。では、わたしは死ななければならないのですか?」
「いや、今回はおおめに見てやろう。もう一度だけ、君にチャンスをやる。そして再び失敗したら、今度こそ死でつぐなってもらうとしよう。アダム・ラー、テラシティの敵、アルタイラとロイド博士を捕えるのだ」

 そのころ、金星人ヴァイパーの秘密基地では。
 金星人ヴァイパーの妻ヴァイプスが金星人の少女の腕をつかみ、ヴァイパーの前に突き出した。
「誰だ、あの娘は?」トロッグが訊ねた。
「ヴァイパーの娘だ」ゴラッグが答えた。
「ヴィーナス?」トロッグが口を開けた。「いやあ大きくなった」
「十六だったかな?」セプテムが言った。
「いや、もう十七だ」ゴラッグが言った。
「ヴァイプスの若いころに、そっくりだ」ヴィゾーがうなずいた。
 ヴィーナスが父親の前で顔をそむけた。
 ヴァイプスがヴィーナスの肩を押した。
「ヴィーナス、なぜ母さんは怒っている?」ヴァイパーが言った。
 金星人の少女が唇をかたく噛み締めた。
「ヴァルモンだよ」ヴァイプスが言った。
「何?」ヴァイパーが眉をひそめた。「ヴァルモンがどうした?」
「あの小僧、うちの娘に手を出したんだ」
「手を出したと?」ヴァイパーが叫んだ。
「違うわ」ヴィーナスが叫んだ。「わたしたち、愛しあってるの」
「ヴァルモンとは?」トロッグが訊ねた。
「戦闘員の一人だよ」ゴラッグが答えた。
「許さないよ」ヴァイプスが叫んだ。「もっとましなのをお探し」
「彼が好きなのよ」ヴィーナスが叫んだ。
 ヴィーナスが流れる涙で頬を濡らした。
「母さんの言うとおりだ」ヴァイパーが叫んだ。「わかれるのだ」
「失礼」博士が言った。「娘を持つ父親として言わせてもらうが」
「博士」ヴァイパーが叫んだ。「家庭内の問題だ。遠慮してくれ」
「ねえ」アルタイラが叫んだ。「アデライダは、どうするのよ?」
 このとき、頭上を横切るキャットウォークに人影が現われ、ヴァイパーに向かって声をかけた。
「お義父さん、おれたちの話を聞いてください」
 悪党どもが顔を上げ、その顔に驚きを浮かべて声をそろえた。
「ヴァルモン!」

 そのころ、記憶変造センターの心臓部、中央記憶変造室では。
「記憶変造モジュール、回転正常。計画は、予定どおり、順調に進行している」
 スピーカーから声が流れた。アデライダの目の前で、らせん模様の円盤がすさまじい速さで回転した。アデライダが叫んだ。
「いやあああっ」

 そのころ、金星人ヴァイパーの秘密基地では。
「きさま、よくもうちの娘に手を出したな」ヴァイパーが叫んだ。
「お義父さん、それより、聞いてください」ヴァルモンが叫んだ。
「何? お義父さん? お義父さんだと?」ヴァイパーが叫んだ。
「わたしたち」ヴィーナスが叫んだ。「結婚したの」
「なんだって」ヴァイプスが叫んだ。
「けしからん」ヴァイパーが叫んだ。
「おれたち、愛しあっているんです」ヴァルモンが言った。
「許さんぞ」ヴァイパーが叫んだ。「すぐにわかれるのだ」
「そうだよ」ヴァイプスも叫んだ。「絶対許さないからね」
「まあまあ」博士が言った。「娘を持つ父親として言わせてもらうが」
「できたの」ヴィーナスが言った。「わたしのおなかに、赤ちゃんが」
「そうです」ヴァルモンが言った。「ヴィーナスは妊娠してるんです」
「なんとまあ」ゴラッグが言った。「ヴァイプスのときと、同じだよ」
「信じられん」セプテムが言った。「おれの親はうるさかったからな」
「なんだと?」ヴァイパーが叫んだ。「子供だと?」
「ええ、そう」ヴィーナスが叫んだ。「赤ちゃんが」
「やっぱりね」ヴァイプスが言った。「やっぱりね」
 ヴァルモンがヴィーナスに寄り添い、肩を抱いた。
「おれ、ヴィーナスを必ず幸せにするって誓います」
「孫だぞ」顔をほころばせて、ヴァイパーが言った。
「孫だよ」顔をほころばせて、ヴァイプスが言った。
 ヴァイパーがヴァイプスに寄り添い、肩を抱いた。
「おやおや」博士が言った。「どうやらわたしの出る幕はないようだ」
「ちょっと」アルタイラが叫んだ「アデライダのことはどうするの?」

 そのころ、記憶変造センターの心臓部、中央記憶変造室では。
 らせん模様を描いた円盤がとまった。アデライダの上に黒い影が現われ、アダー執政官の声でこのように言った。
「ふははははは。アデライダ、これでおまえもわたしのあやつり人形というわけだ。ふははははは。ふははははは」

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