2015年10月28日水曜日

トポス(10) 医師が静かに首を振り、クロエの頬を涙が伝う。

(10)
 人間の看守は残らず解雇されていた。手製のプラカードを高く掲げて刑務所の門の前に集まって、不当な解雇に抗議していた。
 「俺たちの職場を俺たちに返せ!」
 「あのロボットどもを追放しろ!」
 「所長、一度くらい顔を見せろ!」
  雨が降り始めた。冷たい雨が男たちをずぶ濡れにした。刑務所の門は閉ざされたままで、ただ管理棟の最上階に一度だけ、黒い影がちらりと見えた。所長だ、と男たちはつぶやいた。窓に向かってこぶしを振り上げる者もいた。 
 雨が降り続けた。一人の男が力尽きた。プラカードを足もとに投げ出して、雨に泡立つ冷たい地面に膝を突いた。濡れた白髪を額に貼りつけ、激しく咳き込みながら横たわった。あの初老の看守だった。仲間が走り寄って抱き起こし、男の額に手を這わせた。 
「ひどい熱だ」 
 降りしきる雨を割って救急車がやってきた。倒れた男は病院へ運ばれ、医師は男を診て首を振った。若い女が飛び込んできて男の枕元に走り寄った。 
「父さん」
 男が薄く眼を開いた。
 「クロエ」
 そうつぶやいて娘の頬に手を這わせた。その手から力が抜けていく。クロエの濡れた瞳が医師を見上げた。
 「残念ですが」
 医師が静かに首を振った。
 クロエの頬を涙が伝った。

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