2015年3月31日火曜日

Plan-B/ 卵

S4-E10
 住宅街のとある家の台所で、主婦がオムレツを作るために卵を冷蔵庫から取り出した。すると卵がいきなり飛び上がって、天井にあたって跳ね返されて床で弾んで、そこから一直線に宙を切って主婦の額に激突した。主婦は額を割られて昏倒し、家族がようやく見つけたときには飛び跳ねる卵によって頭部を破壊されていた。突然変異した鶏卵が各所で人間を襲い始めた。凶暴で、狡猾で、殻はチタン合金をはるかにしのぐ強度があり、なんとか殻を割って料理しても中身は食えたものではないという。飛び跳ねる卵の群れにいくつかの町が占領され、ついに軍隊が出動した。

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2015年3月30日月曜日

Plan-B/ 背中

S4-E09
背中
 そこはかとなくアルコールの匂いが漂う最終電車に足元の怪しい男が乗り込んできた。あきらかに泥酔していて、しきりとおくびをもらしている。上着の襟に、すでに吐いたとおぼしき痕跡があった。この男の背中には、青と白の縞模様をしたものががっしりとしがみついていた。形は人間に似ていたが、どこか様子がおかしかった。腕には余計な関節があるように見えたし、手には指が六本ついていた。顔の目があるべき場所には目がついていたが、目の数は二つではなくて六つだった。あざやかな縞模様は全身を覆うレオタードを着ているわけではなくて、どうやらそれが地肌だった。鼻はない。口はあったが、唇はなかった。男は背中に貼りついているそれをかなり意識しているようだった。いくらか恥じてもいるように見えた。男は吊り革につかまって上げた腕に額を預けて、ときたま、まわりの様子をうかがっていた。目の前に座っている女性が自分を盗み見ていることに気がついて、どうやら説明しようと決心して口をわずかに開いたが、女性が目を背けると開いた口をまた閉ざした。男はそのまま終着駅まで乗っていって、よろけながら駅から出るとタクシー待ちの行列に並んだ。

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2015年3月28日土曜日

イントゥ・ザ・ウッズ

イントゥ・ザ・ウッズ
Into the Woods
2014年 アメリカ/イギリス/カナダ 125分
監督:ロブ・マーシャル

子供ができないことで悩んでいるパン屋の夫婦の前に隣に住んでいる魔女が現われて子供ができない理由を明かし、呪いを解くためには赤いずきんと白い牛と金色の靴と金色の髪を手に入れなければならないということになり、森に出かけて赤ずきんに襲いかかり、ジャックに豆を渡して牛をだまし取り、たまたま見かけたラプンツェルから金色の髪を奪い取り、パン屋が夫婦でそういうことをしているあいだに継母と二人の義姉に虐げられているシンデレラは着々と目的に近づきながら目的の手前で違和感を覚えて舞踏会から遁走し、王子の兄と弟はそれぞれシンデレラとラプンツェルに恋をして苦悶を競う。それで中盤過ぎの「いつまでも幸せに」というところで終わっていれば相当な傑作になっていたような気がしてならないのだが、すでに清算が終わっている話に余計な尾ひれをつけて、まったく無意味な教訓を加えたところで一気に駄作へと傾いていく。歌は悪くないし、赤ずきんちゃんやジャックの泥棒ぶりも悪くないし、アナ・ケンドリック扮するシンデレラのモダンな迷妄ぶりも悪くないし、クリス・パインのふしだらな王子も悪くないのに、なぜそこで失速させなければならないのか、退屈な後半を眺めながら、ただひたすらに首をひねっていた。 

Tetsuya Sato

Plan-B/ 鏡

S4-E08
 鏡の中に悪魔がいた。鏡に映る姿を悪魔が悪意をもって変えるので、その鏡は鏡としての役に立たない。鏡の中から悪魔がこちらの様子をうかがっている。こちらの様子を見るのに夢中になって、間抜けな悪魔は気がついていない。悪魔は撮影されていた。鏡の中の悪魔の様子はリアルタイムで全世界に配信されていた。

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2015年3月27日金曜日

Plan-B/ 擬態

S4-E07
擬態
 彼が見つけたとき、その娘はまだ完成していなかった。人間の特徴は備えていたが、まだ虫の本性を残していた。娘は顎を鳴らして彼を脅した。彼は娘の傍らに腰を下ろして娘の湿った肌に指を這わせた。指の先に力を加えて顔の造作を変えていった。娘は完成したが、それでもまだ虫の本性を残していた。擬態を済ませて自由を得ると立ち上がって顎を鳴らし、両手を伸ばして彼の喉を食い破った。彼はまだ生きているあいだに娘の巣穴に運ばれた。彼をすっかり平らげてから、娘は次の獲物を求めて町へ出かけた。

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2015年3月26日木曜日

Plan-B/ 旅人

S4-E06
旅人
 旅人は追われていた。行く先々で数々の悪事を働いて、数えられないほど多くの町から指名手配されていた。どの町にいっても、旅人の似顔絵が目立つ場所に貼られていた。なかには賞金付きの似顔絵もあった。もう、何人も殺していた。何人もの男女を誘拐して身代金を奪っていた。子供をさらったこともあったし、誘拐してから殺したことも何度かあった。何度盗みを働いて、何度ひとをだましたのか、旅人はまったく覚えていなかった。何人の背中を刺して、何軒の家に火をつけたのか、旅人はまったく覚えていなかった。ひとに傷を負わせるつもりで傷つけたことは一度もなかった。殺すつもりで殺したことも、一度もなかった。さらうときにはさらうつもりでさらったし、だますときにもいくらかはだますつもりでだましたが、さらわれた相手が恐怖を感じて泣き叫び、だまされた相手がだまされたとわかって怒り出すと、旅人はいつも本当に驚いた。旅人にはなにが起きているのか、わからなかった。人々が怒ったり悲しんだりする理由がわからなかった。世界はこれほどまでに美しいのに。人生はこれほどまでに自由なのに。追われていることを頭のどこかにとどめながら、旅人はいたって軽い足取りで次の町を目指して進んでいった。

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2015年3月25日水曜日

Plan-B/ 再開

S4-E05
再開
 殺人鬼の一家はしばらくのあいだ鳴りを潜めていたが、自分たちがメディアで取り上げられて有名になり、関連動画の再生回数がYouTube で一千万回を超えて映画化の話も持ち上がると、いても立ってもいられなくなって事業を再開することにした。再開に必要な資金をキックスターターで募集するとわずか十五分で目標額に到達した。

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2015年3月24日火曜日

Plan-B/ 星

S4-E04
 その星には殺人鬼の一家が潜んでいた。探検隊が通りかかるのを見かけると救難信号を使って呼び寄せて、着陸したところを一家で襲って残忍な方法で殺していた。わずかばかりではあったが向上心の備えがあって、いつかはこの星から出て広い宇宙を見てみたいという希望を抱いていたが、探検隊の宇宙船は一家が襲うと必ず壊れてしまうので、まだ機会に恵まれていない。

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2015年3月23日月曜日

Plan-B/ 森

S4-E03
 その森には殺人鬼の一家が潜んでいた。旅行者が通りかかるのを見かけると一家で追い回して残忍な方法で殺していた。反撃されて家族から犠牲者が出ることもたまにはないでもなかったが、ほかに楽しみがなかったので一家はそれを受け入れていた。

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2015年3月22日日曜日

Plan-B/ 丘

S4-E02
 その丘には殺人鬼の一家が潜んでいた。旅行者が通りかかるのを見かけると一家で追い回して残忍な方法で殺していた。死体が一つ転がると、一家で囲んでそれを食べた。食べるだけのためであれば、この方法は明らかに効率が悪かったが、ほかの方法を知らなかったので一家はこのやり方を受け入れていた。

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2015年3月21日土曜日

Plan-B/ 家

S4-E01
 その家には殺人鬼の一家が潜んでいた。旅行者が通りかかるのを見かけると一家で家に追い込んで残忍な方法で殺していた。死体が一つ転がるとそこから肉を取ってチリに入れた。このチリは地元のコンクールで優勝したことがあって、一家はそれをなによりも誇っていた。

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2015年3月20日金曜日

ジョニー・マッド・ドッグ

ジョニー・マッド・ドッグ
Johnny Mad Dog
2007年 フランス/ベルギー/リベリア 98分
監督:ジャン=ステファーヌ・ソヴェール

大人の兵士に扇動された少年兵士の一団が市民を殺害し、敵と戦い、国連軍に喧嘩を売り、ときには狙撃兵の餌食となる。さらには強盗もするし、強姦もする。背景は90年代のリベリアのように見えるが、状況はかなりのところまで抽象化され、モダンなアフリカの内戦における言わば一般的な形式が提示される。そして映画はそのようなものに対して安全な外側からコメントする無作法を早々と放棄し、淡々と場面だけをつないでいく。結果として映画的な意味での面白さも放棄されていることになるが、これはおそらく誠実な態度であろう。ドキュメンタリー調の映像の細部はきわめてよく作り込まれている。登場する少年たちは一説によれば経験者だという。その選択がもたらした成果はあきらかだが、見ていて少しく気になった。


Tetsuya Sato

2015年3月19日木曜日

ヤング・ブラッド

ヤング・ブラッド
The Musketeer
2001年 ドイツ/ルクセンブルグ/アメリカ 105分
監督:ピーター・ハイアムズ

ピーター・ハイアムズによる三銃士物。幼い頃目の前で両親を惨殺されたダルタニアンが成長してから復讐の相手を求めてパリに赴き、銃士隊のいつもの面々と何やらしながら王妃の問題を解決していく。
デュマとはほとんど関係がない。ダルタニアンの敵役というのがティム・ロスで、これがもう、ただ悪い。一応リシュリュー卿の手下ということで悪いことをしているが、そのうちにどんどん暴走を始めて血を見るためならば手段を選ばないというモードに突入していく。憐れみはないし、子供は嫌いだし、地獄落ちを覚悟していて怖い物が何もないという役をティム・ロスが嬉しそうにやっていた。
王妃がカトリーヌ・ドヌーブでこれも百姓女に変装したりして、実に嬉しそうにやっていた。特筆すべきなのはこの二点と、ハイアムズ自身による撮影がしばしば驚くほど美しかったこと、そして剣劇の目茶苦茶ぶりである。まず、剣が猛烈に早い。しかも、「どこでもチャンバラ」状態なのである。天井にはまり込んで斬り結ぶし、塔の壁面を登っていくと、上から敵兵がロープにぶら下がって降りてきて、壁面でチャンバラを始めてしまう。それでもまだ足りないと思ったのか、クライマックスの酒蔵での戦いでは無意味なほどのアクロバットが展開する。スタントを担当したのは上海雑技団であろう。ストーリーがアクションのための辻褄合わせになっていて、しかもそのアクションにとめどがないという点では、典型的なハイアムズの作品である。たぶん、リズム感が悪いのだろう。サービス精神が裏目に出るという不幸な性質の監督だが、それでも一応の水準に達しているとすればやはりティム・ロスの功績が大きいと思う。アップテンポのチャンバラ場面、コメディ・フランセーズから借用した衣装も見るに値する。 

Tetsuya Sato

2015年3月18日水曜日

アンティキラー

アンティキラー
Antikiller 2
2003年 ロシア 92分
監督:イゴール・ミハルコフ・コンチャロフスキー

ロシアの警官隊がチェチェンのテロリストを強襲し、その指導者を確保して刑務所に入れる。すると指導者の息子たちなど一族郎党がロシアに現われ、奪還、テロなどをたくらんで行動を開始する。
原題は"Antikiller 2"で、シリーズ二作目ということになるらしい。監督のイゴール・ミハルコフ・コンチャロフスキーはアンドレイ・コンチャロフスキーの息子で、ニキータ・ミハルコフの甥にあたる。実はその興味だけで見た映画だが、これが意外な拾い物なのであった。アクション・シーンは歯切れがよく、終盤に入って乱れが見えるが、場面展開もスピーディ、警察側は警察らしく組織で動き、テロリスト側は無謀ではあってもバカには描かれていない。途中、スキンヘッドの暴動シーンなどが挿入され、その鎮圧のために騎馬警官隊が投入されるというちょっとおいしい場面もある。そしてアクション・シーンがはらむ暴力性はアメリカ映画でもなかなかに見かけない種類のもので、銃を構えた連中が異様なまでの殺気を放ち、行動にあたって躊躇がない。仕上がりは少々まとまりを欠いているが、迫力とテンションの高さは評価したい。出演者もいい顔がそろっている。爆発に巻き込まれると吹っ飛ばされるよりもまず耳が痛い、頭が痛いというリアリティは新鮮であった。


Tetsuya Sato

2015年3月17日火曜日

猿の惑星:新世紀(ライジング)

猿の惑星:新世紀(ライジング)
Dawn of the Planet of the Apes
2014年 アメリカ 131分
監督:マット・リーヴス

『猿の惑星:創世記』の結末から10年が経過して人類は新種のウィルスによってあらかたが死滅、シーザーが率いる類人猿のグループはサンフランシスコの郊外で狩猟採集生活を営んでいたが、そこへサンフランシスコを拠点にする人類の生存者グループが現われて不幸な事件が起こるのでシーザーは人間が自分のテリトリーに入ることを禁止するが、人類側の主要人物マルコムは禁止を破ってシーザーに近づき、電力を確保するために水力発電所の機能を回復させることが目的であって害意はまったくないと説明してシーザーを説得、マルコムのグループはシーザーの許可を得てダムに近づき、一方シーザーの配下にあって実験動物出身のコバはそれなりの理由によって人類に対する憎悪を燃やし、猿を警戒する人類が武器を集めていることに気がつくとシーザーを排除して人類に対して戦争をしかけ、マルコムに救われたシーザーは状況を終了させるためにコバと対決する。 
おそらくは製作上のコンセプトがしっかりしているのであろう。一作目と同様、対立関係を古典的な手法で消化しながら、よくこなれた脚本で話をよどみなく進め、見せ場を作り、だれ場は作らない。全体に猿のほうが賢いように見える、というのはお約束なのかもしれないが、猿側がさほど言葉に頼らずにてきぱきと意思疎通をするのに対して、人類同士の意思疎通が要領を得ない。そのせいでゲイリー・オールドマンもなにを考えているのかよくわからない。 


Tetsuya Sato

2015年3月16日月曜日

猿の惑星:創世記(ジェネシス)

猿の惑星:創世記(ジェネシス)
Rise of the Planet of the Apes
2011年 アメリカ 106分
監督:ルパート・ワイアット

サンフランシスコの製薬会社で働くウィル・ロッドマンはアルツハイマーの治療薬を開発することに成功するが、その薬を投与したチンパンジーが暴れ出して射殺され、臨床実験は却下され、射殺されたチンパンジーが実は妊娠していたことが判明し、生まれ落ちたチンパンジーの赤ん坊はウィル・ロッドマンが個人的に引き取り、シーザーと名付けられたこのチンパンジーは間もなく高度な知性を発揮するようになり、母親に投与された薬が遺伝的に引き継がれたものであるとウィル・ロッドマンは推理して自宅にとどめて研究を続け、そのウィル・ロッドマンの父親は重度のアルツハイマーであったため、自分の薬の効果を確信したウィル・ロッドマンは父親に薬を投与し、薬によって父親の病状はいったん改善するものの、数年後、父親の体内に薬に対する抗体が生まれて病状が前よりも悪化することになり、その状態で隣人と事件を起こし、その事件にシーザーが関わったことでシーザーは施設に隔離されて残忍な管理人のいじめに遭い、シーザーはまず施設内のチンパンジーを糾合すると施設から逃れてウィル・ロッドマンの自宅に現われ、保管されていた薬を盗み出して施設の類人猿に与え、残忍な管理人を始末して施設から集団で脱走し、製薬会社に捕らわれているチンパンジーも解放すると新天地を目指してサンフランシスコの町を走る。 
『猿の惑星 征服』のモダンなリメイクという感じであろうか。スケールは決して大きくないものの、面白くまとまっている。ジェームズ・フランコがいい感じで科学者を演じていたが、事実上の主演はシーザーを演じたアンディ・サーキスということになるのであろう。CGの類人猿が非常によくできている。演出はテンポが速く、余計なところに足をとめないで話を先へ進めていく。クライマックス、知性を高めた類人猿の集団がサンフランシスコの町を走る光景はなかなかに壮観で見ごたえがあり、ゴールデンゲイトブリッジでの警官隊との衝突も迫力のある場面に仕上がっているし、ヘリコプターの墜落シーンも堂に入ったものであった。ただ、自己犠牲で死んだ仲間のまぶたを閉じる演出はたぶんやりすぎで、感動よりは笑いを呼ぶ。 


Tetsuya Sato

2015年3月15日日曜日

ティックス

ティックス
Ticks
1993年 アメリカ 85分
監督:トニー・ランデル

若い男女が森に出かけていくと、てのひらサイズに巨大化したダニに襲われるので、箒を掴んでダニを掃いて突破口を切り開く。箒で掃けるモンスター、というところがなかなかに楽しくて、できればそれで一貫してほしかったところだけど、それではいけないと思ったのか、なぜか最後になって巨大化する。監督は84年版『ゴジラ』(スーパーXが出てくるやつ)の海外版プロデューサーをやっているトニー・ランデル。


ティックス [VHS]

Tetsuya Sato

2015年3月14日土曜日

Plan-B/ 洞窟

S3-E33
洞窟
 男は洞窟の奥で目を覚ました。長い夢を見たような気がした。男はからだを起こして薄闇のなかに目を凝らした。出口に向かって歩き出して、砕けた骨を踏みしだいた。恐ろしいほど乾いた音が男の耳に響いてくる。男は音を耳にしながら、出口に向かって進んでいった。目の前で光と熱が膨れ上がった。太陽が世界をあぶっていた。熱が男の目から水分を奪い、男は強い痛みを感じてまぶたを閉じた。男は洞窟の奥に戻っていく。骨が砕ける音を耳にしながら小さな岩の棚に這い上がる。腕を枕に横たわって、闇に向かって息をもらした。

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2015年3月13日金曜日

Plan-B/ 部屋

S3-E32
部屋
 この部屋には台所がなかった。浴室もなかった。床の板はたわんでいて、歩くたびに音を立てた。午後の黄ばんだ日射しが黄ばんだカーテンを貫いている。男は部屋の中央に置かれたストーブにフライパンを差しかけて小さなステーキを焼いていた。脂身がはじけ、肉汁が静かに音を立てている。肉が焼けるにおいが部屋に充満する。ドアが開いて向かいの部屋の女の顔が現われた。くたびれた顔を厚い化粧で覆い隠して男のステーキに目をやった。女の視線に撫でられて、男は狼狽を隠せない。男は女に焦がれていた。焼けたばかりのステーキを女の前に差し出した。皿に移して勧めると、女は一つしかない椅子に腰を下ろして男のステーキをむさぼった。男は女を見守った。うつむいて、ひたすらに顎を動かす女のうなじを食い入るように見つめていた。

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2015年3月12日木曜日

Plan-B/ 雨

S3-E31
 雨のなかを兵士たちが進んでいた。重たい背嚢を背負い、重たい銃を担ぎ、重たくなった服に喘ぎながら、重たい靴にからみつく重たい泥を踏みにじって一歩一歩進んでいた。兵士たちの銃の先ではコンドームが揺れて動いている。雨は銃のなかにも、からだのなかにも染み込んでいた。雨は兵士たちの顔を叩き、肩に重たくのしかかった。わずかな休憩の時間にも、雨は兵士たちを叩き続けた。車が兵士たちの脇を通り過ぎて、褐色の泥を跳ね上げた。兵士たちは泥を浴びて舌打ちをした。虚しいほど白い眼を疲労で黒ずんだ顔に並べて、遠ざかっていく車を見送った。どこかで将校が笛を吹いた。休憩の時間が終わり、兵士たちは重たくなった腰を上げた。そこに敵が現われた。泥を破って不格好な機械が飛び出してきて、回転する刃で兵士たちをなぎ倒した。切り落とされた腕や首が泡立つ泥に転がった。数人が銃を構えて引き金を引いた。発砲できない銃がある。不発に終わった弾が薬室にはまって音を立てた。それでも何発かが敵に向かって飛んでいった。的を外して泥を弾いた。敵はすぐに泥の底に姿を消した。兵士たちは白い眼を並べて泥を見下ろし、泥を足で踏みにじり、それから銃を担いで道の先へと歩き始めた。雨のなかを兵士たちが進んでいく。

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2015年3月11日水曜日

Plan-B/ 穴

S3-E30
 嵐の夜に土砂崩れが起こって山裾の古い寺院を押し流した。救難活動のために現地に入った人々は剥き出しになった礎石の下に穴があるのに気がついた。礎石を動かすと大きな穴が現われた。見下ろして、どれほど目を凝らしても底が見えない。強力なライトを使っても光が底に届かない。長いロープを下ろしてみた。かなりの深さまで下ろしたところで、なにかがロープを引き始めた。引き上げようとすると抵抗がある。不意に抵抗がなくなって、たぐり寄せてみるとロープの先が切られていた。ライトをつけたカメラが下ろされた。ケーブルを介して映像が送られてきた。カメラが湿った岩肌に沿って降りていく。映像がいきなり途切れ、あわててカメラを引き上げる。ケーブルが切断されて、カメラは消えてなくなっていた。人々は穴を埋める方法について議論を始め、その一方で洞窟探検の専門家を招いて調査方法についての意見を求めた。探検家が志願したので穴にひとを送るための準備が始まった。さまざまな機材が取り寄せられ、緊急の場合に備えて医療班とヘリコプターが待機した。クレーンが探検家を吊り上げた。探検家は防護服を着てヘルメットをかぶり、頑丈なハーネスでからだをケーブルの先に固定している。探検家が親指を立てたのを合図にケーブルが穴に下ろされていく。無線による交信が始まり、ヘルメットのカメラが湿った岩肌を映し出した。間もなく無線に雑音が混じり、カメラの画像が乱れ始めた。探検家が悲鳴を上げている。クレーンの作業員に指示が飛び、ウィンチが音を立てて回転する。探検家が現われた。頭を垂らして、腕をぐったりと投げ出している。胸から下がなくなっていた。人々は思わず顔をそむけて、そこで気がつく。地面がかすかに揺れている。かすかな揺れはすぐにはっきりとした揺れに変わっていく。穴の上でクレーンのアームが揺れていた。穴から甲高い叫びがほとばしり、それと同時に暗い粘液のかたまりが盛り上げるように現われた。無数の口を動かしながら、獲物を求めて黒い触手を振りまわした。

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2015年3月10日火曜日

Plan-B/ 恐竜

S3-E29
恐竜
 ワイルドウエストショーでロデオを披露している命知らずのカウボーイたちが禁断の谷を訪れて肉食恐竜を捕獲した。恐竜に縄をかけてがんじがらめに縛り上げると馬車に載せて町に運んでワイルドウエストショーの見世物にした。恐竜が逃げ出した。追い詰められて大聖堂の扉を破って大聖堂もろとも燃え上がる炎に包まれた。

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2015年3月9日月曜日

Plan-B/ 蠍

S3-E28
 火山の噴火とともに巨大な蠍が目を覚ました。太古に起こった天変地異で地底に沈んだ洞窟で、腹を空かせた蠍の群れが共食いを始めた。そしてもっとも獰猛な一匹が残り、岩を押しのけて地上に這い出て、黒い爪を振り立てながら小さな村に襲いかかった。逃げる村人を追って平原を進み、そこで乗客を満載した列車に出会うと巨体で進路に立ち塞がった。機関士があわててブレーキをかけるが間に合わない。列車が黒い蠍に激突した。横転した機関車が蒸気を撒き散らして平原を滑り、脱線した客車の列がくねる蛇のように弧を描く。蠍が客車に襲いかかった。乾いた音を引きずりながら猛烈な速さで這い進み、黒い鋏で乗客をつまみ上げては次々と餓えた口に投げ込んでいった。

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2015年3月8日日曜日

プリデスティネーション

プリデスティネーション
Predestination
2014年 オーストラリア 97分
監督:マイケル・スピエリッグ、ピーター・スピエリッグ

スピエリッグ兄弟によるハインライン『輪廻の蛇』の映画化。なにをいまさら、という観はあるものの、できあがった作品が50年代SFの色合いをはっきりとにじませていて、イーサン・ホーク、ノア・テイラーが実にそれっぽい。「ジョン」役セーラ・スヌークは非常に見ごたえがあり、はっきり言ってこの演技を引っ張り出しただけでこの映画は使命を全うしていると言えなくもない。しかも視覚的なシャープさはそのままに、前作『デイブレイカー』とはまったく異なったアプローチが採用されて、特に今回はアイデア自体よりもダイアログを中心にまわる構築性が主体になっているという点は積極的に評価したい。
Tetsuya Sato

デイブレイカー

デイブレイカー
Daybreakers
2009年 オーストラリア/アメリカ 98分
監督:マイケル・スピエリッグ、ピーター・スピエリッグ

近未来、人類の大半は死を恐れてヴァンパイアとなったので食料となる人間はほとんど絶滅状態にまで追いやられ、食料危機に悩むヴァンパイア世界は人工血液の開発を進め、製薬会社に勤めるエドワード・ダルトンもまた人工血液の開発にたずさわっていたが、ある日、ほかにも解決方法があると主張する人類と出会い、ヴァンパイアから人間に復帰した実例があることを知らされるとヴァンパイア世界から離れて人間側の隠れ家にひそみ、ヴァンパイアを人間に戻す方法を調べ始める。
人物造形にやや性急な簡略化がほどこされ、脚本にも弱さを感じたが、アイデアとパワーはたぶん『アンデッド』をしのいでいるし、例によって絵がいいし、色彩と空間設計にもうまさがあって、細部にわたるこだわりが見える。ゴア描写にも容赦がないが、それが悪趣味に陥らずに不可解なパワーに転化されるのはこの兄弟監督の取り柄であろう。力作である。 



Tetsuya Sato

2015年3月7日土曜日

Plan-B/ 情婦

S3-E27
情婦
 男の手がマティーニのグラスを持ち上げている。女は口に妖しい笑みを浮かべている。女はレースの手袋をはめている。女はシガレットホルダーを取り上げて、その吸い口を口にふくむ。男がライターを取り出してシガリロの先に火をつけた。煙が流れ、男の目が女の顎の線をなぞる。男は一つのことを考えている。女も一つのことを考えている。男の考えと女の考えは一致しない。男は女を部屋に誘い、女は男の部屋に入る。翌朝、メイドが男の部屋で悲鳴を上げる。男は背中にナイフを突き立てられて死んでいる。女の姿はどこにもない。

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2015年3月6日金曜日

Plan-B/ 機械

S3-E26
機械
 いつの頃からか、その機械はそこに置かれていた。外板を鉄の鋲で打ちとめた武骨な箱で、前に立って耳を澄ますと唸るような音が聞こえてきた。リレーがばたばたと動く音がすることもあった。リレーが動くと、唸るような音が変化した。板の隙間から中を覗くと歯車やカムが動くのが見えた。月に一度、灰色のつなぎを着た男が三輪トラックでやって来て機械を点検した。機械の中央にあるパネルにいくつものメーターが並んでいて、検査員はクリップボードにはさんだ用紙にメーターが示す数値を書きとめて、真空管をいくつか交換した。なにをする機械なのか、なんのために置かれているのか、町では誰も知らなかった。検査員にたずねても、知らないと言って首を振った。電話交換機ではないかと言う者がいた。軍が実験中のレーダーではないかと言う者もいた。遠く離れた外国でも同じ機械を見たと言う者がいた。どの町でも、必ずどこかに置かれていると言う者がいた。この機械はなにをしているのか。機械がとまるとどうなるのか。噂によると、どこかの国のどこかの町で、機械がとまったことがあるらしい。軍隊が出動して町を包囲して、そしてなにかの方法を使って町を消滅させたらしい。消滅する直前の町を撮影したという写真を見たことがある。建物も道も人間も獣も乗り物も、筆で混ぜ合わせたように一緒くたになっていた。もしかしたら、と誰かが言う。この世界は意外と脆弱で、ほんのわずかな支えだけでどうにか形を保っているのではあるまいか。この機械がその支えなのではあるまいか。まさかそんな。そう言って誰もが首を振る。それに、あれはたぶん電話交換機だ。さもなければ軍が実験中のレーダーだろう。

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2015年3月5日木曜日

Plan-B/ 回帰

S3-E25
回帰
 旋回灯をつけたバンがとまって、黒い制服の男たちが降りてきた。一人はショットガンをかまえている。男たちは一軒の家に入っていった。ショットガンの男は見張りに残って、集まってきた見物人をにらみつけた。しばらくすると男たちが戻ってきた。退行者を見つけて、足を掴んで引きずっている。ほとんどの退行者は見つかったときには歩くことができなくなっている。ストレッチャーを使えば移送が楽になるはずだが、制服の男たちは必ず足を掴んで引きずった。退行者は汚れたバスローブをまとっていた。人間の姿は、あまりとどめていなかった。男たちが掴んだ足は、形が尾鰭に変わっていた。男たちが引きずっているのは自堕落な人間にアシカと魚を足したような奇怪で醜悪な生き物だった。黒い制服の男たちが退行者を持ち上げて、バンの荷台に放り込んだ。男たちの顔にも退行の跡を見ることができた。退化したまぶたをサングラスで隠しても、発達し始めた鰓を制服の襟で隠しても、退行の跡は見ることができた。体臭もそうだ。髪もそうだ。安いカツラはすぐにわかる。遠からず彼らも、杖の助けがなければ歩くことができなくなるだろう。着られる服がなくなって、バスローブを羽織るようになるだろう。進む速さが違うだけで、この流れから逃れた者は一人もない。旋回灯がまたたいた。退行者を積んだバンが見物人を残して走り去った。

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2015年3月4日水曜日

Plan-B/ 心臓

S3-E24
心臓
 男は自分の心臓を担保にいくらかの金を銀行から借りた。男が行方をくらましたので、回収不能になるのを恐れた銀行は債権証書を投資銀行に売り渡した。投資銀行は買い取った債権証書をほかのいくつかの債権証書と組み合わせて新しい証券パッケージを開発した。格付け機関はこの証券パッケージにAAAの格付けを与え、市場に売り出されると新規性で多くの買い手の目を引きつけた。男はとある町の銀行でこの証券の広告に目をとめた。見えないほどこまかな字で書き込まれた説明を最後まで読んで、投資銀行に電話を入れた。心臓移植のドナーに登録しているので自分の心臓の流動性は実は担保されていないと説明して、事実を暴露されたくなければ金を払えと言って投資銀行を脅したが、投資銀行は事実を格付け機関に連絡し、格付け機関は証券パッケージの格付けをBBBに変更した。男はこれをニュースで見て気分がいきなり悪くなり、病院に運ばれてそこでそのまま死亡した。男の死を知った格付け機関はパッケージの格付けをCCC-に変更し、投資銀行は債権を組み替えて投機性がきわめて高い新商品を開発した。

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2015年3月3日火曜日

ハートブレイク・リッジ

ハートブレイク・リッジ
Heartbreak Ridge
1986年 アメリカ 130分
監督:クリント・イーストウッド

敗北状態に首まで浸かった海兵隊中隊に朝鮮戦争の英雄トム・ハイウェイ軍曹がやって来て実践を知らない若い兵隊を相手に勝つことを教え、初めは反発していた兵士たちも軍曹の教えによって勝つことの喜びを知るようになり、そうしていると1983年のグレナダ侵攻が始まるので、中隊もまたグレナダに上陸して合衆国市民の保護にあたり、キューバ軍と交戦する。
高校生が集団で小学生をいじめたようなグレナダ侵攻を肯定的に見ることはそもそも難しいわけだけど、アージェント・フュリーが発動された文脈を、つまり負けのこんだ者にはどれほど小さなことでもいいからとにかく勝つことの喜びが必要だという文脈を映画は正直に説明する。それはそれで引っかかるわけだけど、映画自体はほとんどジョン・フォード流といってもいいようなバランスの取れた「騎兵隊映画」になっていて、その範囲では悪いところはなにもない。 


Tetsuya Sato

2015年3月2日月曜日

アメリカン・スナイパー

アメリカン・スナイパー
American Sniper
2014年 アメリカ 132分
監督:クリント・イーストウッド

テキサスの田舎の生まれで父親から古めかしい教育を受けて、良くも悪くも伝統的なテキサス男に成長したクリス・カイルは文字通りのカウボーイになってロデオの技を競っていたが、98年のアメリカ大使館爆破事件をきっかけに祖国への貢献を考えて海軍に入隊するとシールズの隊員として年齢的に遅いスタートを切り、狙撃手としてファルージャに派遣されるとそこで格別な才能を発揮して英雄となり、合計四回の前線勤務を通してアルカイダの狙撃手と対決し、退役してからは家族のために内面の葛藤を克服する。 
実在の狙撃手クリス・カイルの回顧録(未読)にもとづいているようだが、エンドロールではっきりと宣言しているように、映画の内容はわかりやすいお話としてまとめられており、おそらくはその結果なのか、主人公は古典的な誇り高い個人として規定され、国家と接続されていてもその点で最後まで一貫した行動を取ることになる。まったくモダンな人間ではないし、そのまったくモダンではない人間が放り込まれた戦場はどこか西部劇のような様相を帯びることになり、それは最終的に砂塵を前にした一騎打ちに結実する。主人公が誇り高い個人であったとは言いにくい『ハート・ロッカー』とは対照的であり、意味の有無は別としてもまず英雄を認めようという試みは『ハートブレイク・リッジ』を思い出させる。ブラッドリー・クーパーが筋肉男になって登場し、初めはブラッドリー・クーパーに見えなかった。 

Tetsuya Sato

2015年3月1日日曜日

Plan-B/ 聖戦

S3-E23
聖戦
 危険な政治思想を掲げる国家が賞味期限を迎えて滅びたあと、世界の別の場所に危険な政治思想の持ち主が集まって危険な政治思想を旗印にした新しい勢力を立ち上げた。危険な政治思想を掲げるこの勢力は危険な政治思想を認めようとしない反動的で抑圧的な地域に支配権を広げていって、隣接する地域にもすばやく触手を伸ばしていった。危険な政治思想を掲げるこの勢力は支配地域に新しい国家を作ろうとしなかった。危険な政治思想を掲げる新しい国家をそこに作れば、その国家は危険な政治思想を危険な政治思想だと考える反動的で抑圧的な国民に包囲されることになるだろう。仮に包囲の輪ができることになるとしても、それを縮めさせないことだ。できるだけ広げさせて敵に結束する機会を与えないことだ。危険な政治思想を掲げる勢力は反動的で抑圧的な古い国家の枠を乗り越えていった。彼らはそれを聖戦と呼んだ。

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