2014年10月15日水曜日

いたちあたま (9)


 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 村の女たちが村の男たちに殴られて、助けを求めて叫んでいた。髪を掴まれ、引きずり倒され、足蹴にされて助けを求めて叫んでいた。村の男たちは村の女たちの腰帯をほどき、隠しどころにためらいもなく手を入れて村の女たちの金を奪った。金を手に入れた村の男たちは居酒屋に戻って酒盛りを始めた。
 村の男たちがすっかり酔って寝静まったころ、村の女たちは荒れ野へ出かけて、そこで道を誤った旅人を探した。荒れ野ではよそ者の男たちが小さな火を囲んで休んでいた。村の女たちが近づいていくと、よそ者の男たちが立ち上がった。よそ者の男たちは村の女たちに金を払い、村の女たちは荒れ野に横たわって脚を開いた。夜が明ける前に村の女たちは髪を直して立ち上がった。腰帯を巻くと顔を隠して家に戻って、戸口に掛け金を下ろして息をひそめた。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 村の女たちが大きくふくらんだ腹を抱えて、助けを求めて叫んでいた。村の女たちの叫びを聞いて村の男たちが酔いから目覚めた。居酒屋から出て村を歩き、軒先を肩にかけると屋根を押し上げ、壁と屋根の隙間から家のなかを覗き込んだ。村の女がふくらんだ腹を抱えて横たわり、苦しみの汗をにじませていた。村の男たちはそれを見て、古いしきたりにしたがってほうほうほうと声を上げた。女が腹をふくらませているのは、よそ者の前で脚を開いた証拠だった。村の男たちは肩を組んで、声をあわせて地面を踏んだ。村の男たちがそろって足を踏み鳴らすと、地面が震えて家が揺れた。村の男たちがそろって足を踏み鳴らすと、家の壁に亀裂が走り、大地が重たく轟いた。村の女たちの腰の下で砕ける音が響き始めた。村の女の腰の下で、土をかためた床が割れた。一人、また一人と村の女が悲鳴を残して大地の底に落ちていった。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 大地の底に落ちていく村の女の叫びを聞いて、西の谷から産婆たちがやって来た。深いしわを重ねた顔に目と口を埋め、曲がったからだでずだ袋を背負い、手には長い鉄の串を握っていた。産婆たちは家々の戸口をくぐって村の女たちの脚を開いた。女の脚のあいだにぼろ切れを広げ、ずだ袋を開いてはさみととげ抜きを取り出した。
 村の男たちが声をあわせて地面を踏んだ。土をかためた床が震え、女が叫び、女の脚のあいだから赤ん坊が転がり出た。産婆は赤ん坊を受け止めてぼろ切れでくるみ、はさみを取ってへその緒を切った。
 村の男たちが声をあわせて地面を踏んだ。土をかためた床が震え、一人、また一人と村の女が悲鳴を残して大地の底に落ちていった。産婆が赤ん坊を抱え直した。しわが刻まれた手を動かして、赤ん坊の頭を左右に開いた。頭のなかから脳みそを取って土をかためた床に置き、脳みその下から現われた小さな突起をとげ抜きを使ってつまみ取った。

 女を殴る男の芽だ。
 森の老人はそう言った。
 その芽が育つと男は女を殴り始める。
 森の老人はそう言った。
 だから女はその芽をつまむ。
 森の老人はそう言った。
 女のしきたりにしたがって、女を殴る芽をつまむ。
 森の老人はそう言った。
 だが芽の下には大きな種が隠れている。
 森の老人はそう言った。
 芽をつまんでも種が芽吹いて女を殴る男を作る。
 森の老人はそう言った。
 だから男は殴り続ける。
 森の老人はそう言った。



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