2014年10月13日月曜日

いたちあたま (7)


 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 村の女たちが村の男たちに殴られて、助けを求めて叫んでいた。髪を掴まれ、引きずり倒され、足蹴にされて助けを求めて叫んでいた。村の男たちは村の女たちの腰帯をほどき、隠しどころにためらいもなく手を入れて村の女たちの金を奪った。金を手に入れた村の男たちは居酒屋に戻って酒盛りを始めた。
 村の男たちがすっかり酔って寝静まったころ、村の女たちは荒れ野へ出かけて、そこで道を誤った旅人を探した。道を誤った旅人が見つからないと地団太を踏んで罵声を放ち、そろって村まで駆け戻ると豚小屋の前に集まった。豚小屋に入って若いオスの豚を選び出し、首に縄をかけて口にぼろを詰め込んだ。小屋から出して村のはずれまで引っ張っていって縄の端を木に結んだ。村の女たちは豚を囲んで髪留めを抜いた。髪を乱してわめきながら針のようにとがった髪留めの先を豚の腹や背中に突き立てた。それから髪留めの血をぬぐい、顔を隠して村へ戻った。闇夜にまぎれて家に駆け込み、戸口に掛け金を下ろして息をひそめた。
 穴だらけにされたオスの豚が穴という穴から血を流しながらもだえていた。豚が放った悲鳴を聞いた居酒屋のあるじは声を上げて村の男たちを呼び起こした。村の男たちは村のはずれで豚を見つけた。豚のからだに開いたいくつものこまかな穴を見て、古いしきたりにしたがってほうほうほうと声を上げた。髪留めで作られた小さな穴は男が女を殴らなかった証拠だった。村の男たちは豚の頭に木槌をふるってとどめを刺した。死んだ豚を村へ運んで、家々の戸を叩いて女たちを呼び出した。

 豚の始末は女の仕事だ。
 森の老人はそう言った。
 まず湯をかけて毛剃りをする。
 森の老人はそう言った。
 逆さに吊るして血抜きをする。
 森の老人はそう言った。
 腹を裂いて内臓を取り出す。
 森の老人はそう言った。
 胴を二つに裂いて肉を取る。
 森の老人はそう言った。
 骨についた肉を削り出す。
 森の老人はそう言った。
 肉を煮込んですり潰し、森で取った香草を加える。
 森の老人はそう言った。
 潰した肉を腸に詰める。
 森の老人はそう言った。
 抜き取った血も腸に詰める。
 森の老人はそう言った。
 できあがった腸詰を軒に吊るす。
 森の老人はそう言った。

 村の女たちが豚の始末を終えたときにはすでに夜が明けていた。村の男たちは眠りから覚めて、朝食のしたくができていないことに気がついた。村の男たちは腹を立てて、村の女たちを殴りつけた。

 朝飯のしたくは女の仕事だ。
 森の老人はそう言った。
 まず、麦をついて粉にする。
 森の老人はそう言った。
 粉に水を加えてよくこねる。
 森の老人はそう言った。
 平らな石をよく焼いて、石の上に粉を伸ばす。
 森の老人はそう言った。
 焼けたら、村の男がそれを食らう。
 森の老人はそう言った。
 腹が満たされるまで、村の男がそれを食らう。
 森の老人はそう言った。

 朝食のあと、村の男たちはやっとこを握って森へ出かけた。村の女たちは木桶を頭にのせて、一列になって川へ出かけた。川の水を木桶に汲んで、桶を頭にのせると一列になって村へ戻り、畑に入って水をまいた。桶が空になると川へ戻り、川の水で桶を満たすと畑に戻って水をまいた。日が暮れるころまで同じことを繰り返した。日没のあと、村の女たちは豚の皮をなめし始めた。古いしきたりがあったので、昼の光があるあいだはなめしをすることができなかった。村の女たちは豚の皮にかぶりついた。舌をゆっくりと動かして唾液を皮になじませた。皮から口を離して唾液をたくわえ、同じことを繰り返した。皮のなめしは時間がかかった。村の男たちが森から戻って、夕食のしたくができていないことに気がついた。村の男たちは腹を立てて、村の女たちを殴りつけた。

 晩飯のしたくは女の仕事だ。
 森の老人はそう言った。
 まず、畑にいって根菜を探す。
 森の老人はそう言った。
 根菜のほかに青物も探す。
 森の老人はそう言った。
 根菜は皮を剥いて灰汁を抜く。
 森の老人はそう言った。
 湯を沸かして豚の脂と塩を加える。
 森の老人はそう言った。
 そこへさらに野菜を加える。
 森の老人はそう言った。
 もし豆があれば豆も入れる。
 森の老人はそう言った。
 祭りの日には腸詰を入れる。
 森の老人はそう言った。
 できあがったら、村の男がそれを食らう。
 森の老人はそう言った。
 腹が満たされるまで、村の男がそれを食らう。
 森の老人はそう言った。

 村の男たちは森で男の仕事をした。道を誤った旅人を見つけて身ぐるみを剥ぎ、やっとこを使って肉をえぐり、耳や鼻をねじり取った。道を誤った旅人を三人見つけることができれば、村の男全員が酔いつぶれるまで呑むことができた。二人しか見つけることができないと酔いつぶれる前に飲み代が尽きた。一人しか見つけることができないと酒盛りを始めたとたんに飲み代が尽きた。一人も見つからないこともあった。一人も見つけることができないと村の男たちは腹を立てて村へ戻り、村の女たちを殴り始めた。



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