2014年10月12日日曜日

いたちあたま (6)


 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 村の男たちは日が暮れるまで村の女たちを殴り続けた。殴ったあとは居酒屋に集まって酒盛りを始めた。村の男たちがすっかり酔って寝静まったころ、村の女たちは荒れ野へ出かけて、そこで道を誤った旅人を探した。道を誤った旅人を見つけて取り囲み、いっせいに髪留めを抜くと髪を乱してわめきながら針のようにとがった髪留めの先を道を誤った旅人のからだに突き立てた。それから髪留めの血をぬぐい、顔を隠して村へ戻った。闇夜にまぎれて家に駆け込み、戸口に掛け金を下ろして息をひそめた。
 道を誤った旅人は穴という穴から血を流しながら、村にたどり着いて助けを求めた。村のはずれの居酒屋の戸を叩いて助けを求め、音を聞いた居酒屋のあるじが声を上げて村の男たちを呼び起こした。村の男たちは道を誤った旅人を囲み、金品を奪い、服を奪った。からだに開いたいくつものこまかな穴を見て、古びたやっとこを取り出した。髪留めで作られた小さな穴は男が女を殴らなかった証拠だった。村の男たちは古いしきたりにしたがってほうほうほうと声を上げ、やっとこを使って道を誤った旅人の爪を剥ぎ取った。目玉をえぐり、肉をえぐり、耳や鼻をねじり取り、村の入口に杭を立てて串刺しにした。死体にはたっぷりタールを塗った。

 タールはたっぷりと塗る。
 森の老人はそう言った。
 一度塗ったら、七日ごとに塗り直す。
 森の老人はそう言った。
 タールの蓄えを切らしてはならない。
 森の老人はそう言った。

 タールの蓄えがなくなると、村の男たちは東の谷へ出かけていった。東の谷は毒をはらんだ不浄の土地で、大小のけものや道を誤った旅人の骨があたり一面に転がっていた。村の男たちは瘴気から身を守るために鼻と口を布で覆った。大きな樽を背負って三日三晩谷間を歩き、タールが湧き出る場所で樽を満たした。
 タールが湧き出る場所には、谷をなわばりにする盗賊がいた。東の谷の盗賊には生まれつき鼻もなければ口もなかった。だから瘴気を恐れずに谷間を走ってひとを襲った。東の谷の盗賊は獰猛で力が強く、狡猾で動きがすばやかった。ひとを捕えて金品を奪い、裸に剥いて肌を重ね、ゆっくりと時間をかけて吸収した。東の谷の盗賊に吸収されて、それでも生き延びた者は一人もない。村の男たちは東の谷の盗賊を恐れて地面に残った足跡を散らし、村への帰りには行きと異なる道を選んだ。帰り道では重たい樽に足を取られて、谷を越えるのに五日かかった。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 村の男が一人、道を誤って谷の盗賊に捕まっていた。懐を探られ、裸に剥かれ、湿った吸盤がびっしりと並んだ谷の盗賊の腹を見て、助けを求めて叫んでいた。村の男たちは助けを求める声を聞いて、後ろを見ずに足を速めた。捕まった男をあとに残して、休みを取らずに歩き続けて谷を抜けた。
 谷の盗賊から逃れても、谷の毒からは逃れられないことがあった。村へ戻るまでにいつも一人か二人が毒にやられた。ときには村へ戻ったあとでさらに一人か二人が毒にやられた。毒がからだに入り込むと、まず古いしきたりを守らなくなった。続いて女を殴らなくなり、酒を呑んでもいないのに吐くようになり、水ばかりほしがり、立っているのが難しくなり、やがて起き上がることができなくなった。横たわっているうちに髪が抜け、歯が抜け、肌がただれた。耳や鼻から血を流し、けもののようにうなりながら破れた皮膚を汚れた寝床に貼りつけた。
 村の男たちは毒にやられた男の家を囲み、古いしきたりにしたがってほうほうほうと声を上げた。取り囲んだ家の戸板に赤土を塗り、家の前で火をおこした。空に向かって黒い煙が立ちのぼると、暗い森の向こうの岩の山から穴暮らしたちがやって来た。穴暮らしたちはからだに汚れたぼろを巻きつけて、がらがらと音を立てる大きな荷車を引いていた。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 毒にやられた村の男が助けを求めて叫んでいた。穴暮らしたちに運ばれて荷車の荷台に載せられても、まだ逃れようともがいていた。穴暮らしたちは毒にやられた村の男の服を剥ぎ取り、縄で荷台に縛りつけた。からだにまとったぼろの下からぼろに覆われた手を伸ばして、毒にやられた男のただれた皮膚をむしり取った。それを指先ですばやく丸めて口に入れると、ゆっくり顎を動かしながら村の男たちに金を払い、音を立てる荷車を引いて去っていった。
 村の男を売って得た金は村の男たちのあいだで分配された。村の男たちは居酒屋へ出かけていって金がなくなるまで酒を呑んだ。三人売れば酔いつぶれるまで呑むことができたが、一人しか売れないときには飲み代が尽きたあともまだ全員が立っていた。村の男たちは金がなくなったことに腹を立てて、村の女たちを殴り始めた。



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