2014年8月25日月曜日

異国伝/野蛮の証明

(や)

 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。古くからそれ以上のことが知られることはなかったが、ある時、名高い学者が弟子とともにその国について考察を加え、その結果、野蛮の地であることが証明された。
「さて、弟子よ。わたしたちはこれまで文明の発展の諸段階について考察をおこない、発展の段階がより高いほど、人間にとってより好ましいという結論に達した。なぜならば発展の段階とは、人間が感じる快不快の程度と密接な関係にあるからであり、人間がその本性において快適であることを好む以上、不快の程度が高い発展段階よりも快適の程度が高い発展段階を選ぶことは自明とされるからである。そして不快の程度が高い発展段階とは文明の底辺により近く、快適の程度が高い発展段階とは文明の頂点により近い。文明の発展の主要な動機が快不快の階梯を登ることにある以上、これもまた自明であると言わなければならないだろう」 

「いかにも、そう言わなければならないでしょう。しかしながら、先生、わたしには一つ、不思議に思えてならないことがあるのですが」 
「それならば、弟子よ、尋ねてみるがよい。おまえにとって不思議なことでも、わたしにとっては自明であることが、まだ数多くあるのだからな」 
「いかにも、先生はすでに星の数ほどの疑問を解き明かし、凡俗には思いも及ばぬところから新たな疑問を発見しておいでです。先生に解き明かせぬような疑問がこの地上に存在すると考える者は、世界に誰一人としていないでしょう。さて、わたしが不思議に思うこととはほかでもありません。発展の段階がより高いほど人間にとってはより好ましいのならば、なぜ、ある段階に敢えてとどまろうとする者たちがいるのでしょうか?」 
「我が弟子よ。それは初耳だ。それはいったいどのような者たちなのだろうか?」 
「とあるところにあっても地図に載ったことがなく、旅行者向けの案内書にも載ったことがない、たいそう小さな国に住む者たちです。辺境に身を置いて快不快の階梯を登ることには関心がなく、むしろ日々を生きることに関心を抱いている者たちです」 
「それは、我が弟子よ、とどまっているのではない。遅れているだけなのだよ」 
「遅れているだけなのですか? とどまっているのではなく?」 
「この世界のすべての国が同じ速度で同じように文明の発展を遂げているわけではない。ある国はほかの国よりも速やかに進み、ある国はほかの国よりもゆっくりと進む。国にはそれぞれの発展の速度というものがあるのだ。だから我が国のように進みの速い国はすでに発展の頂点に近づこうとしているし、一方、進みのひどく遅い国はまだ発展の底辺にあって高度の不快を受け入れている」 
「しかしながら、先生、わたしにはその国の人々がとどまっているように思えてならないのです」 
「そう思えてならないのならば、我が弟子よ、それはおまえが未熟な証拠だ。快不快とは万物の尺度であり、快不快を計る梯子はたった一つであるということを忘れてはならない。ある場所では不快であるとされることが、別の場所では快適であるとされることがあってはならないのである。もしそのようなことが起こるとすれば、それは快不快の尺度が異なるからではなく、文明の発展の段階が異なることによってそう見えているに過ぎない。人間は快適であることを本性から求めて文明の発展の段階を進むのであり、大国と呼ばれる国々での暮らしがおおむねにおいて快適で、しかもおおむね均質であるのはまさにそうして進んできたからにほかならない。梯子が一つならば進まなければならない距離も一つであり、そして我が弟子よ、重要なのは梯子をどこまでを進んだかであって、それ以外の何かではないのだよ。それにもかかわらず、その国の人々が低きにとどまっているとするならば、そもそも人間の本性に反していると言わなければならないだろう」 
「いかにも、そう言わなければならないでしょう。しかしながら、その国の人々がとどまっているとして、しかも人間の本性に反してそうしているのではなく、本性にしたがってそうしているのだとしたら、それはどのような状態にあると考えるべきでしょうか?」 
「そのような状態は、我が弟子よ、あり得ないと言うべきであろう」 
「しかしながら、先生、その国がすでに発展の頂点に達してるのであれば、そのようなこともあり得るのではないでしょうか?」 
「それもまた我が弟子よ、あり得ないのだよ。仮にそのようなことがあるとすれば、辺境の地にあって地図にも旅行者向けの案内書にも載っていない、そんな状態が快適であるということになる。だが、そのようなことが快適である筈がない。不快であると感じなければならないのだ。したがってその国の者たちが発展の頂点にあるということはなく、むしろ発展の底辺にあると考えるべきであろう」 
「すると、地図にもなければ旅行者向けの案内書にもないその小さな国は、無条件で発展の底辺に置かれるということですね?」 
「そのとおりだ。だが弟子よ、おまえもよいことを言ってくれた。これまでわたしは人間の本性を信頼するあまり、その前の段階について考察することを忘れていた。わたしはその段階を発展の前段階と呼ぶことにしよう。そこで弟子よ、これはよくよく心して答えてほしいのだが、その国はとどまっているのか、それともとどまってはいないのか?」 
「どう考えても、とどまっているように思えます」 
「ならばその国が発展の前段階を示す最初の標本となる。人間の本性に反して快適への希求を怠り、梯子に手をかけようともしない連中というわけだ。けしからん奴らだが、わたしの発展のためにはよい材料となる。さて、弟子よ、おまえは発展の前段階にあるような国は、どのように呼ばれるべきだと考えるかね?」 
「どのように呼ばれるべきでしょうか?」 
「そうした国は、野蛮な国と呼ばれるべきだとは思わないかね?」 
「いかにも、そう呼ばれなければならないでしょう」 
「なぜ、そう呼ばれなければならないのだろうか?」 
「なぜなら、その国が地図にも旅行案内書にも載っていないからです」 
「そしてそれにもかかわらず、自分たちは幸せだと信じているからだ」 
「なんとも、思わず、憐れみたくなりました」 
「いかにも、憐れまなければならないだろう」 
 後におこなわれた慎重な調査の結果から、名高い学者もその弟子もその国を訪れたことは一度もなく、ただ考察を加えたのみであったことが証明されたが、それでも名高い学者が下した結論が揺らぐことはなく、末永く定説の座にとどまった。

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