2014年5月19日月曜日

町/修道士


 あるとき、町に四人の贖罪修道士がやって来た。
 贖罪修道士は他人の罪を自分の肩に引き受けて、代わりに贖いの道を歩いてくれる。この修道士たちはこもるべき修道院を持たずに町から町へと渡り歩き、罪人たちの告解に静かに耳を傾け、ものも言わずに罪人たちの罪をかぶった。
 罪を選ぶことも相手を選ぶこともしなかったので、贖罪修道士たちはもろもろの罪の気高き担い手としてどこの町でも歓迎されて尊敬を受けた。自分にはいかなる小さな罪も残すまいと、告解にのぞむ罪人たちの口はいつも自然と軽くなり、一方、修道士たちの口は常に堅い。罪人たちはこの告解を荷下ろしと呼び、贖罪修道士たちは罪を引き受けた証拠として小さな預かり証を手渡した。贖罪修道士たちは一つの町に長居をしない。荷下ろしを終えた人々は預けた罪と同じだけの数の預かり証を手に握り、旅立つ修道士たちの後ろ姿を見送った。罪は贖罪修道士たちの前にあり、贖罪修道士たちの後に罪はない。
 贖罪修道士の接近に最初に気がついたのは町一番の罪作りだった。無節操と無責任を揺るぎなき信条とするこの若者は、このとき妻を寝取られた七人の夫と娘を傷物にされた五人の父親、そしていずれも凶悪無比で知られた三人の恐るべき金貸しと、それから一人の名前も正体も知れない謎の男に追われていて、すっかり追い詰められて、実を言えば明日の命も知れないような有様だったが、町から延びるうねうねとした道のむこうに贖罪修道士たちの姿をはっきりと認め、喜びに手を打ち鳴らし足を鳴らした。
「しめたぞ、あそこをやって来るのは贖罪修道士だ、つまり、罪の気高き担い手だ。なんて俺はついてるんだ。さあ、荷下ろしだ、荷下ろしをしちまえばこっちのもんだ。そうすれば、あの間抜けな寝取られ亭主どもも、ロマンをまるで解さない親父どもも、子分を引き連れたあの因業な金貸しどもも、それから名前も正体も知れないあの謎の男も、みんなまとめてざまあみろっていうわけだ」
 若者は罪作りな男にふさわしく不敵な笑みを浮かべてそう言って、すぐにも荷下ろしを済ませてしまおうと修道士たちを迎えに埃っぽい道を駆け出したが、近づくうちに奇妙なことに気づいて足をとめ、前をにらんで眉をひそめた。
「しかし、あの修道士たちはちょっと変だぞ」
 若者は唇を舐めてそうつぶやいた。前からは四人の贖罪修道士が一列になって近づいてくる。いずれも同じ灰色の修道服を身にまとい、一本の荒縄を腰紐の代わりに腰に結び、灰色の頭巾を目深にかぶってすっきりと鼻筋のとおった灰色の顔をわずかに見せ、そろって口元を冷たく引き締め、足にはロバの皮から作った黒いサンダルを履いていた。姿はいかにも贖罪修道士に違いなかったが、大きさがどうにも変わっていた。近づいてくる修道士たちはどれもとてつもなく大きかった。大人の腰まである筈の里程標が、修道士たちと並ぶとただの小石のように見えた。路傍に並ぶイチョウの木が潅木の茂みのように見えた。身の丈は普通の大人の背丈の四倍を軽く超え、そして高いだけではないという証拠に、重たく足音を響かせていた。地響きが規則正しく道を揺らした。若者は唾を飲み込み、また唇を舐めてこのように言った。
「少し変だが、でも、とにかく贖罪修道士だ」
 仮に一片でも常識があれば修道士たちの大きさを見て脅威を感じ、あるいは地響きを腹に感じて恐怖を味わい、すみやかに不審を抱いて来たばかりの道を退いたはずだが、もともと無節操を信条とするこの若者には節度の問題をあまり重要視しない、それどころかしばしば度外視するという好ましからぬ傾向があった。だから節度を超えて巨大な修道士たちの姿を見てもどこがどうおかしいのかが具体的に指摘できず、つまり眼前の状況に関する理解を欠いたままの状態で、とりあえず姿形が同じであれば肝心の機能を果たすのにまったく支障はあるまいと結論を下した。だとすれば自分の運命にしたがって、さっさと荷下ろしを済ませるだけだ。
 若者は先頭を進む修道士の前に飛び出し、すばやくひざまずいて十字を切ると頭を垂れた。すると修道士たちが一斉に足をとめた。若者はそびえ立つ修道士の巨体を見上げ、もう一度胸の前で十字を切り、それから再び頭を垂れるといかにも慣れた様子で告解を始めた。まず、いずれも貞淑で名高かった七人の人妻との情事を語ってそのそれぞれについて罪を認め、次に令嬢たちの操を奪った偽りの愛の顛末を語ってそのそれぞれについて罪を認め、返済不能となった複数の債務についてはなにも隠さずにさらりと流して罪を認め、名前も正体も知れない謎の男の一件についてもわからないなりに説明を加え、この際だからという節操のなさで進んで自分の罪を認めた。
 修道士たちは若者の告解を最後まで静かに聞いていたが、やがて若者が話を終えて、荷下ろしの証を求めて手を差し出すと、先頭の一人が冷たく結んだ唇の端にさらに冷たい笑みを浮かべた。そして一瞬の動作で足を振り上げ、若者をサンダルの底で踏み潰した。あまりのすばやさに悲鳴を上げる暇もなかった。サンダルをそっと動かすと、潰れた若者の死体が現われた。血まみれで、もはや原形をとどめていない。修道士たちは口元を引き締めて修道服の裾をたくし上げ、若者の死体をまたいで越えた。先頭を進む一人は汚れたサンダルの底を地面でこすり、続く二人は厳かに頭を垂れて背中を丸め、残る一人は頭巾の奥でおくびを洩らした。修道士たちは町を目指して歩き始めた。
 間もなく町で二番目の罪作りが贖罪修道士の接近に気づき、町で三番目の罪作りも贖罪修道士の接近を知った。二人の名だたる罪作りは罪作りの常として自分の肩にのしかかる罪の重さに喘いでいたが、近づく贖罪修道士の姿を認めると、これもまた罪作りの常としてもともと乏しい抑制を完全に失って荷下ろしのためにうかうかと近づき、例によって節度に関する認識不足から危険を認識できなかったことは言うまでもないが、サンダルの底に踏み潰されてそろって路上の染みとなった。そしてこのときには修道士の一行は町に十分なだけ接近しており、二人の罪作りが踏み潰される光景は多くの者が目撃した。
 大騒ぎが始まった。ある者は悲鳴を上げてその場から逃げ出し、またある者は神の名を叫びながら修道士の進路に身を投げ出し、続いて路上の染みとなった。ある者は終末の日の到来を叫び、ある者は神を呪って背後から飛来した石に打たれ、またある者は石を掴んで前に飛び出し、巨大な修道士たちを撃退しようと試みた。力いっぱい投げた石はどうにか先頭の修道士に届いたが、修道服の豊かなひだに阻まれて不甲斐なく打撃力を失った。石を投げた者たちは地響きを上げて近づく修道士たちの前で逃げ惑い、ある者は踏み潰され、ある者はつまみ上げられて地上に投げ捨てられ、またある者は灰色の頭巾の奥の灰色の顎によって噛み砕かれた。修道士の口から血がしたたる。それを見て、信仰の篤さで知られた一人の老女が走り出た。
「なぜ」と老女は叫んだ。「なぜ、あなたがたが」
 修道士の一人が大地を蹴って跳躍し、修道服の裾をなびかせて宙を飛び、そろえた足で敬虔な老女を踏み潰した。自虐的なことで悪名高い終末論者の一団が、その光景を指差して「見よ」と叫んだ。少なからぬ者が気配に呑まれてひざまずき、うっかりひざまずいたことに舌打ちして少なからぬ者が立ち上がった。終末論者の一団に向かって少なからぬ数の石が飛び、終末論者たちはわずかな者を残して逃げ去った。踏みとどまった終末論者たちがコブの痛みに耐えながら、再び指差して「見よ」と叫んだ。その指の先では贖罪修道士たちが石を積んだ町の門を突き崩し、遂に街路へ踏み込んできた。町の人々はクモの子を散らすようにして逃げ出した。逃げ遅れた者は踏み潰され、あるいはつまみ上げられ、近くの壁に叩きつけられた。教会の鐘が打ち鳴らされた。勇敢な数人の警察官が銃を手にして修道士たちに立ち向かったが、銃弾もまた修道服の豊かなひだに阻まれて攻撃力を失った。警官たちは追い詰められて逃げ場を失い、ゆっくりとひねり殺された。
 巨大な修道士たちは石畳を蹴散らし、電柱を引き抜き、窓を破って金品を奪い、酒場を襲って浴びるように酒を飲み、燃やせる物には火を放ち、殺戮と破壊の限りを尽くした。町の人々は教会へ逃げ込み、必死の思いで祈りを捧げ、そして祈りのなかで自分たちの犯してきた過ちを悟った。自分の罪を他人の肩に嬉々として投げかけていたとは、いったいなんたる罰当たりか。他人の罪を自分の肩に背負ってこそ、真の信仰の現われではないか。贖罪の道とは一人ひとりで進むべき道であり、代理を送るべき道ではない。贖罪修道士とは、つまり無用の存在である。贖罪修道士とは、信仰に暗い影を投げかける、言わば悪魔の盟友である。もし彼らが再びこの町にやって来たら、きっとその時には見るべき目を見ることになるであろう。
「皆さん」と神父は叫んだ。「もっと祈ってください」
 町の人々は祈りを捧げた。罪作りな者も、罪とはほとんど無縁な者も、そろってひざまずいて祈りを捧げた。外では巨大な贖罪修道士たちが教会の扉を破ろうと体当たりを繰り返していた。恐ろしい音が規則正しく聖堂を揺らし、扉が、かんぬきが、不気味に軋んだ。神父は喉を嗄らして祈りを叫び、頭上では鐘がなおも鳴り響く。大いなる苦難の時が流れ、町の人々は祈りを通じて失われた愛と信仰を取り戻し、心は友愛と信頼で満たされ、犯された多くの罪は許しと出会い、溜まりきった負債は汚れた床に投げ捨てられた。やがて聖堂を揺らす音がやみ、続いて鐘も鳴りやんだ。そして祭壇の脇の聖具室の扉が開き、そこから堂守が怒ったような顔で現われて神父を小声で呼び寄せた。神父は堂守の言葉に耳を傾け、それから会衆に向かってこのように言った。
「皆さん、神に感謝を捧げましょう。悪魔は倒されました」
 人々は意外な光景を見て驚いた。教会の前の小さな円形広場では三人の贖罪修道士が灰色の顔を白くして折り重なるように横たわり、苦しそうに息をしていた。残る一人は堂守の小屋の屋根を剥いでなかに向かって身をかがめ、肩を震わせながら胃の中身を吐き戻していた。胃液と安酒の臭いがあたり一面に漂って、多くの者の吐き気を誘った。
 町の人々はすぐに巨大な修道士たちを縛り上げ、バケツで何杯もの水を顔に浴びせた。修道士たちは意識を取り戻して頭痛を訴え、また町の人々に対してはそれまでにほどこした功徳を理由に慈悲と寛容を訴えたが、耳を貸そうとする者は一人もなかった。翌日の昼過ぎには駐屯地の軍隊が巨大な鉄製の檻を引いて町に現われ、修道士たちを運び去った。町の人々は復興作業に取りかかった。
 事件の真相は間もなく首都からもたらされた。町を襲った四人の贖罪修道士は実は修道士などではまったくなくて、全員が素行に問題のある学生であった。日頃から無節操を信条とし、何事につけ節度を欠いているので満足なことはなに一つできず、それが修道士に化けようなどとたくらめば、まず巨大化は免れない。今回の事件は重大であり、検察は最高刑を求めている。この事件を教訓とし、第二、第三の巨大修道士を生み出さないためだ。判決は求刑どおりに下されることになるであろう。
 そしてそのとおりとなり、四人の学生は永久流刑を言い渡されて再び町に現われた。というのは判決で、町が流刑地に指定されていたからだ。学生たちには田舎暮らしはこたえたらしい。住民はあらかたが因業で、気を晴らすような愉快な場所は一つもなく、地元の酒は飲めば吐き気と頭痛を引き起こす。学生たちは今では改悛の情をしきりと示し、毎日のように首都へ減刑嘆願書を送っている。

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