2012年10月18日木曜日

制作

エミール・ゾラ『制作』(清水正和訳、岩波文庫)

『居酒屋』のヒロイン、ジルヴェーズと愛人ランティエの間に生まれたクロードは事実上の印象派である「外光派」の技法上の創始者となるものの、不遇のまま未完の大作の制作に溺れて遂に芸術表現の限界に達して自殺する。
作中にはゾラ本人を思わせる作家が登場するし、この岩波文庫版の解説によればゾラにはセザンヌほか印象派の画家たちとの交流があったということで、話の背景は実話が基になっているらしい。とはいえ画家クロード・ランティエの運命を最初から最後まで不遇のままと位置づけたことでゾラお得意のジェットコースター小説にはなっていない。個人的にはここが肝心なところで、例によって後半、下り坂をごろごろと転がっていくものの上りの部分がまるでないため落差が乏しい。つまり落下に伴う重力エネルギーを十分に感じることができないのである(クロードの妻クリスティーヌの我慢に我慢を重ねた最後の爆発はものすごいけど)。時代とその状況を写真的に活写するという点では言うまでもなく重要な作品だが、小説を用いて芸術家の芸術的野心を描くことは、ともすればそのまま停滞を意味するということを我々に教えてくれる。登場人物の野心に加えて作家の野心もまた芸術的なモチーフとして前景化するので、熱情ばかりが先に立って構造が希薄になるのである。 

制作 (上) (岩波文庫)
制作 (下) (岩波文庫)

Tetsuya Sato