2012年10月15日月曜日

トロツキー『わが生涯』

トロツキー『わが生涯』 翻訳:森田成也、志田昇(岩波文庫)

上巻はトロツキーがウクライナの農村ブルジョワの子弟として生まれてから二月革命まで。話者が話者だけに有名人ぞろぞろは当然のことだが、それよりも自意識を育んだ若者がいかにして思想家となり革命家となり、いかに革命を組織して革命を始めるかという一連のプロセスが実に克明に記されていて参考になる。19世紀末、つまり出発点においてはマルクス主義というのはナロードニズムの後にやってきた思想的な流行以上のものではなかったようである。
下巻は二月革命直後の状況から十月革命、内戦、レーニンの病気、「反トロツキズム」キャンペーン、そして流刑から追放まで。トロツキーは革命的理性と革命的信念に基づいてスターリン的官僚主義と歴史歪曲を批判する。革命家の生態を見るのに格好のテキストだと思う。
翻訳のよさもあるのだろうが、とにかくこの人は文章がうまい。なんといっても勢いがあり、ユーモアも警句も気が利いているし、複雑な状況も適度な取捨選択を加えて実に巧みに説明する。とりわけ内戦に関する記述は興味深く、「トロツキーの列車」のことにもそれなりの字数を割いて触れているのが嬉しかった。反面、内戦中はモスクワにいることがほとんどなかったからなのか、同じ期間のレーニンや戦時共産主義の状況についての具体的な記述がないのが惜しまれるが、それはやはりこの回想録の機能ではあるまい。で、なんというのか、キャラ立ちまくりのトロツキーと対置すると、スターリンというのはいかにも凡庸で寡黙なのである。スターリンが嫌ったのもよくわかるような気がするし、スターリンでなくともこんなのがそばで騒いでいたら、あまりいい気持ちはしなかったのではあるまいか。トロツキー自身にしてからが、レーニンは急いでいる時には自分には頼まなかったと告白している。言われたとおりにしないで言われたことを考え始めてしまうからであり、考えた結果から言われたこととは違う結論を導き出すことがあるからである。トロツキーが永続革命論でロシアを実際に引っ張っていったらどうなったのか。興味の尽きないところである。

トロツキーわが生涯〈上〉 (岩波文庫)
トロツキー わが生涯 (下) (岩波文庫)
Tetsuya Sato