2012年5月29日火曜日

メンデス・ピント『東洋遍歴記』

メンデス・ピント『東洋遍歴記』 翻訳:岡村 多希子(東洋文庫)


16世紀ポルトガルの冒険商人メンデス・ピントの回想録で、1537年から1558年まで、21年間にわたってマレー、ビルマ、中国、沖縄、日本などを遍歴した体験がつづられている。その間に何度なく難破した上に何度となく海賊に襲われて都合13回捕虜となり、諸般の事情で16回も売られたということになっているが、解説によると、そうしたことの回数も含めてかなりのホラや誇張が入っているらしい。なにしろ開巻3ページ目でもうフランスの海賊に襲われているし、その5ページ先ではイスラム教徒と交戦している。そこからさらに6ページほど先ではトルコのガレー船と遭遇し、
 トルコ人は私たちの意図を察しあるいは感付くと、大きな叫び声をあげ、「使徒信経」を1回唱えるほどの間もなく全船帆を揚げて、四色に染め分けた帆と無数の絹の旗をはためかせてこちらの船跡を追ってきた。
で、負けて捕虜になって、トルコ人の町へ連行されて引き回され、
 家に引っ込んでいる女までが、また少年や子供たちが、キリストの御名を侮辱し軽蔑するために窓から小便の入った壺を盛んに投げつけた。
といった具合になる。なお、この世界の西側ではキリスト教徒とイスラム教徒が互いに海賊行為を働いていて、殺しあったり拷問しあったりして飽くことを知らない。東へ移動していくと中国やタイやビルマの人々、さらに日本人も加わって、やっぱり互いに戦争をしかけたり略奪を働いたり殺しあったり拷問しあったりしているのである。まあ、ひょっとしたらそのようなものなのあろう。で、そういうことなので語り手はとにかくあちらこちらで「我が罪ゆえに」辛酸をなめることになる。たぶん、ふつうだったら生きてない。人間が危険なら自然も危険なので船はすぐに難破するし、難破すれば裸で洋上に放り出されて海藻をしゃぶりながら生きながらえる。苦労して陸を見つけて一文なしになって上陸すれば怪しいということで逮捕され、そして当然のことながら監獄の環境は劣悪で、中国では仲間がシラミに食われて死んでしまう。ちなみにその中国では北京がタタールによって包囲されつつあって、作者によると
 これには27人の王が加わっていると言われ、彼らはおよそ180万人の部下を擁しているとのことで、うち60万人が騎兵で、彼らは糧食と全物資を積んだ8万頭の犀とともに
やって来た、らしい。60万もの騎兵がいたら馬のいばりで国が沈もうし、そうでなくとも8万頭の犀は嘘である(でも、どうして犀なんだろう?)。なんだかエドモンド・ハミルトンのスペースオペラみたい、という感じだが、日本への鉄砲伝来(1543)、フランシスコ・ザビエルの布教活動(1549)、ザビエルの死(1552)などを至近距離で目撃したような記述があって興味深い。とはいえ、この聖なる神父ザビエルも登場してくるとほとんど無敵で、なんだかまるでレンズマン。東洋の奇習に関する数々の嘘八百、無教養を恥じともしない乱雑な記述もまた魅力でもある(読み通すのはつらいけど)。




Tetsuya Sato