2012年4月12日木曜日

四十日

ジム・クレイス『四十日』(渡辺佐智江訳、インスクリプト)

イエス・キリストの荒れ地における四十日の断食を医学的な根拠に基づいて再解釈した小説である。つまり水も食も断った状態では人間は三十日しか生きることができないので、この小説ではイエスは断食の三十一日目に死んでしまう。しかもこのイエスは祈ることに長じてはいても無知で無教養な憶病者で、その死にあたっては心は恐れから悪魔に傾斜し、遺体は拝金主義の商人の手によって葬られ、奇跡も福音もまた同じ商人の空想的な信仰心によって荒れ地の外に値札をつけて持ち出される。「無神論者」ジム・クレイスは信仰に対して一貫して冷笑的な態度を取り、一貫してイエスを貶めるのである。読者の立ち位置にもよるが、わたしの場合は最初に抱いた反発が最後まで続いた。ただ否定して貶めるという態度にはいかなる知性も感じられない。露悪的で醜悪な小説である。作者は人間の精神に対して底知れぬ不信と軽蔑を抱いているのであろう。だから思索が行き着く先にある不可解なアイロニーに気がつかないし、神と向き合うことで人間の頭のなかに生じる壮絶なナンセンスを想像することができずにいる。それともこれはわたしの誤読なのか。



Tetsuya Sato