2012年1月12日木曜日

死んでいる

ジム・クレイス『死んでいる』(渡辺佐智江訳、白水uブックス―海外小説の誘惑)


五十代の夫婦が海岸を散歩中に暴漢に襲われ、死体となって砂浜に転がり、それから六日のあいだ放置されて腐敗していく。そして作者は時間軸を交錯させながらこの二人の三十年前の出会いを語り、それぞれの人柄を語り、その日の朝の出来事を語り、突然消息を断った両親の行方を探す一人娘の心情を語り、砂浜を縄張りとする様々な生物が死体に取りついていく有様を語る。当然ながら全体に死の気配が漂い、死者に多くのことが割かれているが、どちらかと言えば遺された者の魂の救済を問題にした小説であり、弔辞を聞くときには当の本人は死んでいる、という意味では架空の人物を対象にした非常によくできた弔辞である。周辺描写を丹念に折り込んだ視界の広いテクストはなかなかに魅力的であったが、死と対照するためになぜいちいちセックスを持ち出さなければならないのか、わたしにはよく理由がわからなかった。ちなみに同じくジム・クレイスの『四十日』(こちらは荒れ野に出たイエスを扱っているが、日曜学校への幼稚な反発で書かれたとしか思えない)を読むと、この作者が単に浅薄で想像力を欠いているだけなのではないかという疑いが生まれる。




Tetsuya Sato