2011年10月11日火曜日

スカートをはいた女性兵士

いわゆる大祖国戦争で映画や絵画に登場する女性はたいていスカートをはいているけれど、女性兵士の証言を集めたスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの『戦争は女の顔をしていない』(群像社)を読むと、あんなのは嘘よ、と怒っているひとが多いのである。やはり実際には男性兵士用の服を丈を詰めて着ていたらしい。女性用の下着、つまりブラジャーのたぐいが支給されたのはポーランドに入ってから、と言っているひともいるので、もしかしたら支給されないままドイツまで行ったひともいたのかもしれない。死にたくない、ではなく、男のパンツをはいて死にたくない、と思っていたという証言もある。下着のことはとにかくとしても、女性兵士はスカートとブーツというお約束は女性兵士の怒りとはまったく無関係に徹底していて、これはたぶん、あの恰好で膝小僧がちょこっと見えるのが、男どもの微妙な萌え要素になっているからなのではあるまいか。

戦争は女の顔をしていない


ヴァレリア・グナロフスカヤ(Valeria Gnarovskaya)の最期。1943年9月23日、ドイツ軍の攻撃から負傷者を救うために看護婦ヴァレリア・グナロフスカヤ(20歳)は手榴弾の束を握ってドイツ軍の先導戦車に突撃した。


ナターリヤ・カシュネフスカヤ(Natasha Kachuevskaya)の肖像。第二次大戦中、モスクワの演劇生から看護婦に志願し、1942年のいわゆるスターリングラード攻防戦で親衛狙撃連隊の一員として負傷者の救出に従事し、ドイツ兵には「手榴弾を投げつけた」という。

Tetsuya Sato